第一夜(4)
「馬で行けるのもここまでだ。」
街の手前でベイリーとアイザックは馬から降り徒歩で街の中を進んで行った。夜遅い時間なのに街は未だ祭で賑わっており、前に進むにも人だらけで思うように進めなかった。二人はなんとか人混みを掻き分け、魔女が迷子になった地点に到着した。
「魔女の名前はリュカ・ベルナール。双子の門番候補生と入れ替わり人間界に訪れこの辺りで他の候補生とはぐれた。入れ替わった理由はまだ判っていない。テロ目的かもしれないため警戒しながら捜索しろ。」
ベイリーは魔女の詳細をアイザックに伝えたが、アイザックはうーんと手を顎に当て考え込んでいる。
「テロを起こすに至っても、人間界に来てから時間がかかりすぎている。本当にテロリストならもう騒動を起こしているはずでしょう。要人がいる場所からも離れているし、単純にグールを探しに裏道に入った可能性はないでしょうか。」
アイザックの推理にベイリーは苦い顔をしつつも「そうかもしれん。」とアイザックに同意し、まずは周辺の路地裏を捜索することにした。
「何かしら身につけていた物とかがあれば探しやすいんですけどね。匂いとかで。」
「超感覚とか言うお前たちの能力か。犬みたいだな。」
ベイリーははっと吐き出すように笑った。その後も二人は路地裏を白み尽くしに探し回ったが魔女もグールも見つからなかった。そうこうしているうちに街の外れまで来てしまった。もう辺りは民家も人気も無い。
「いないか。そうするとどこへ?他の地区でも見つかった情報は無い。」
ベイリーは無線機を取り出すが無言が続いている。二人はもう一度魔女が失踪した場所に戻ろうと方向変換しようとした時、アイザックの目に何かが写った。
それは脇の草むらに隠されるように捨てられた黒い布のようなもので、アイザックが拾い上げて広げてみると、それはケープコートであった。
「小隊長様、見てください。魔女の学校の制服ですよ。」
アイザックは興奮したように声を荒たげる。
「ただのコートじゃないか。なぜわかる。」
「以前魔女と仕事をした時に見たことがあるんです。この裾の刺繍は魔女の物で間違いない。あれ、信号弾が落ちている。これ、候補生として渡されたんじゃ無いですかね。」
ベイリーはアイザックの興奮具合に心底迷惑そうな顔をしコートと信号弾を受け取った。
「しかし一体なぜこんなところに……。襲われた?」
ベイリーは嫌な予感に眉間にさらに皺を寄せる。
「馬車や馬が通った跡が無いところから徒歩で連れていったんでしょう。そうするとそう遠くない場所…。血痕がありますね。これなら匂いで追えるかもしれないです。」
アイザックを先頭に二人は急ぎ足で痕跡を追った。
アイザックの言う通り、リュカのコートを見つけて程なくした辺りに大きな廃倉庫が現れた。周囲は林に囲まれており鬱蒼とした雰囲気だ。
「でっかい建物だなぁ。廃倉庫か何かか?これは探し出すのに骨が折れそうだ。」
「もう時間がない。手分けして探すぞ。」
ベイリーは木々の間から建物の様子を観察し、中に入ろうと身を低くして移動しようとした。それを見たアイザックはベイリーの腕を掴み引き留めた。
「小隊長様は女性なんだからここで待っていてください。一時間経っても僕が戻らなかったら応援を呼んで助けに来てくださいね。」
アイザックは爽やかな笑顔を向けたがベイリーは険しい表情をさらに険しくし、アイザックに掴まれた手を振り解いた。
「女扱いはやめろと言っているだろう気色が悪い。行くならとっとと行って探してこい。」
ベイリーは顎をクイっと動かし早く行けとアイザックに指示をした。アイザックもそれを了承し、素早く建物まで移動し中へ入っていった。
頬が熱を持ったようにヒリヒリと痛む。口の中は血の味。腰は思い切り蹴られたせいか鈍痛が走る。目を少し開ける。しかし目の前がぼやけてよく見えない。けれども辺りは白い壁に覆われていることはなんとなく分かる。ここは一体どこだろうと腕を動かしてみるも、手枷が付いていて両手が広げた格好から少しも動けない。足にも足枷が付いているようで、自分は今大の字の格好で寝かされていることに気がつく。すると部屋の外から人の話し声が聞こえてきたため、リュカはぎゅっと目を瞑り気絶しているフリをした。
「いや〜まさか本物の魔女が捕まるとは運が良いな。お前、よくこいつが本物だって判ったな。街には同じような格好の奴らだらけだっていうのによぉ。」
「前に任務か何かで来ていた魔女を見たことがあったんだよ。その時に着ていた制服と同じだったからすぐわかった。」
声から判断するに、やって来たのは先ほど自警団だと名乗っていた青年とあともう一人男のようだ。
「今日魔女がこっちに来てるなんて情報どっから拾ってきたんだよ。」
「今日も任務で魔女が来るって、優しい門番さんが教えてくれたんだよ。」
「っは〜。この国のセキュリティはどうなってるんだよ。」
人間の門番が重要事項を他の人間に話している?衝撃の事実にリュカは耳を疑った。もしこれが本当なら早く脱出して魔女の門番に伝えなくては。
「でもよ〜こいつ、売り物になるのに傷物にしちゃっていいわけ?魔女の肉なんて物好きに高く売れるんだろう?薬になるってよ。そんな根拠どこにもないのに。」
「だってこいつうるさくて。どうせバラすんなら見た目なんか気にしないだろ。」
売られる…?自分はこれからこいつらに売られるのか?そのために誘拐した?リュカは己の身にこれから起こることを想像して膝や手がガクガクと震えた。恐怖で今にも声を上げそうになる。それをリュカは必死に堪えた。
「じゃあバラす前に血でも抜いとくか。血も高く売れるだろう。」
「そうだなその方が抵抗されずに死んでくれるだろうし後始末が楽だ。」
二人の男は物騒な話を始め、ガチャガチャと作業を始めた。リュカは薄目を開け様子を伺うと、青年と小太りの男がトレーに置かれた注射器を持ちテキパキと準備を進めている。早くなんとかしてここから脱出しなければ殺されてしまう。しかし手枷も足枷も頑丈な作りで千切れそうもないし、無理に引っ張ると音を発して気付かれてしまう可能性が高い。
リュカは頭をフル回転させながらどう脱出するか考えたが答えは導き出せなかった。そうこうしている間に二人は作業を終えリュカの方に近づいてくる。いかにも使い回していそうな注射器を持つ青年の後ろには小さなタンクが見える。血を抜いたあとあそこに溜めておくのだろう。青年はついにリュカの右腕を掴み注射針が腕にゆっくりと近づいてくる。針がリュカの皮膚に触れた途端、リュカは我慢の限界で目を開きビクッと体を震わせてしまった。




