第十三夜(4)
クラッシックの生演奏が流れるいかにも高級そうなレストランで、ユリウスは柔らかく煮込まれた肉を一切れ口に運び、美味しそうに恍惚な表情を向けた。しかし目の前では大量の血を吐き倒れている男がいる。そんな異様な光景があるにも関わらず周りにいる客たちもウェイターたちも気にもせず、食事を楽しんでいる。ユリウスがワインを一口口にすると、スーツの男が近づいてきた。
「今回はよくやったよ。一人住人が増えたにも関わらず鍵を気付かれないように手に入れ、鍵を開ける以外痕跡を残さなかった。おかげで動きやすかったよ。」
「ありがとうございます。この男は第4族の分家。7族を統合しようとかなりの数の同胞も集めておりました。今回の会食でもユリウス様を暗殺しようと考えていたようです。」
スーツの男は倒れている男から拳銃を取り出した。
「古からそういう意見が出ているからね。でも僕は7族皆で解決するのが好きなんだけどな。真祖様もそう考えていたから従わなくては。」
ユリウスがテーブルに肘をつき、倒れている男を見下ろしていると、一人のウェイターが近づいてきた。ウェイターはクローシュを開け、中に入っている物をユリウスに手渡す。するといつの間にか現れたのかゾヤがユリウスの頭上を飛び回り笑っている。
「ユーリちゃん、あんなにあの子は仕事に使わないって言ってたのに、結局薬を拝借しちゃってるじゃない。いけない子ね。事務員の子もいたのによく持ってこれたわね。」
「今回は相手が多そうだったから仕方がなかったんだよ。リュカは気を取られやすいからサラくんを敢えて呼んだんだ。でも流石に隙がありすぎて危機感がないから今度教えてあげなきゃ。」
ユリウスはウェイターから受け取った瓶を再びウェイターに渡した。
「これは処理をすれば薬らしいがこのままでは猛毒らしい。今後使うことも多くなるだろうから原液のストックを作っておいてくれ。このことはくれぐれも外部に漏れないように。あの子が疑われてしまったら可哀想だ。」
「かしこm…。」
ウェイターが言いかけた途端、ウェイターは静かに床に倒れ込んだ。ユリウスはハッと横を見ると、怒りに満ちた表情でガデルが立っている。
「あの子がなんだって?」
ガデルはウェイターの手から瓶を取り片手で握り潰した。その途端音楽が消え周りの客もウェイターも姿を消し、残ったのは三人だけになった。
「これは一体どういうことだ。なぜリュカのものをお前が持っている。なぜこいつは死んでいる。」
ガデルは淡々と冷徹にユリウスに問いかけるが、すぐさまゾヤが割って入る。
「ユーリちゃんの仕事の邪魔しないで!」
「仕事?同族同士の殺し合いがなぜ仕事なのだ。」
ゾヤとガデルが言い争い始めるとユリウスは深く頭を下げた。
「ガデル様、今回はリュカくんの薬品を利用してしまい申し訳ありません。しかし仕方がないことだったんです。私の使命を全うするためには。」
「使命だと!?やはりリュカを迎えたのは私欲のためではないか!これは黒魔女に報告して一刻も早く帰らせる!」
その時ユリウスはガデルの腕を力強く握りしめる。
「それはどうかおやめください。私はあの子に少々愛着が湧いてしまったんです。どうしても黒魔女様に言うと言うのなら、なんとしても黒魔女様を殺さなければなりません。」
「なっ…!」
「黒魔女様を殺したら戦争になるでしょう。いずれ来る天使との戦争に備えて、魔族間の戦争は避けたいでしょう?そうならないためにもあの子はうちに置かせてもらいます。もうこのようなことはしませんので。」
ユリウスの脅しに、ガデルはユリウスの手を振り払い反抗の意を見せた。
「しかし仕事やら使命やらなんだ。ゾヤ、吸血鬼はお前が産んだ生き物だろう?それを殺し合わせて何を楽しんでいる!」
「楽しんでないわよ!前にも言ったけどこれは真祖様との契約なの!第1族に生まれた男児は他の者の平和と均衡を守る…。何も知らないくせに口出さないでよ!」
「お前ほどの悪魔なら契約を放棄することもできただろう!?何を元人間の言う通りになっている!」
ガデルは興奮してゾヤの肩に手をかけ説得するがそれはすぐに振り払われてしまう。
「だって、私はあの人を愛してしまったのよ!あの人が言うことはなんでも叶えてあげたかったのよ。基本的には7族皆で問題を解決するけど、それでも裏切りは付きもの。あの人の想いを継承した第1族は他の吸血鬼たちが安心して暮らせるように仲間を裁く。これもあの人が子孫を守るため残した愛の形!私はそれを否定したくない。魔女の世界しか知らないあなたにとやかく言われたくないわ!!」
ゾヤは一息に言い切って肩で息をしている。生まれた瞬間から死ぬ時まで魔女を見守ってきたガデルにとって、同族同士で殺めることを冷静に眺めていることは考えられなかった。そう。ユリウスが言うように魔族間の殺し合いは、魔族を束ねる悪魔からしたら否定される行為だ。しかしゾヤが言う愛にこれ以上踏み込んで何かを言う気にはなれなかった。自分のこれまでの価値観が壊されそうで聞きたくもなかった。ガデルはしばらく呆然と立ち尽くしていたがようやく動き出し、先ほど割った瓶の破片を踏んだ。静かな空間にパキパキという音が鳴り響く。
「おい、白いの。これからもリュカを殺しに使うのか。」
「できれば使いたくありませんね。」
「こんなこと、いずれバレるぞ。あの子はああ見えてよく周りを見ている。あの子から信頼を失ってそのあとどうする。」
「あの子の気持ちに託します。」
「最後まで酷い男だ。」
ガデルは今にも泣きそうな表情で足先から煙状になり消えていった。
「あいつ、あの子に言うかしら。」
「相当ショックを受けていたからどうだろう。言えないんじゃないかな。言ったとしても次の手を考えるよ。」
ユリウスは相変わらず飄々として答え、席に着くと食事を続けた。




