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第九夜(3)

ランチが終わり執務室に戻ると、アイザックは先ほどとは打って変わって真剣な顔で万年筆を滑らす。静かな執務室。カリカリという耳障りの良い音だけが流れるが。サラは内心アイザックにリュカをどう思っているか聞きたくて仕方がなかった。楽しそうにランチへ行く時点ではまだ確定までは行かなかったが、リュカの前ではあんなに顔を緩ませて優しく微笑むのを見ていたら確信した。しかしだからといってサラは諦める気にはならなかった。リュカのどのようなところが好きかサーチして、どうにか自分に振り向いてもらえないか策略している。サラは帳簿を付けながらアイザックの方をチラッと見やる。アイザックはジーナに入れてもらったコーヒーを飲みながら机の上の書類を眺めている。コーヒーカップを置いたタイミングで今がチャンスだとサラはアイザックに質問を投げかけた。


「アイザックさん。」

「どうした。何かわからないことがあったか。」


 アイザックはわざわざ書類から目を離して、サラの目を見て聞き返してくる。この人のこういった優しさが好きだ。今からする質問はきっとサラを苦しめる答えが返ってくるだろうがサラは勇気を出した。


「アイザックさんって、リュカのこと好きですよね。友情ではなく恋愛的な意味で。」

「はっ!?なんっどうしたんだいきなり!」


 想像通りにアイザックは慌てた様子を見せた。


「見てればわかります。わかりやすすぎます。」

「そんなにわかるか?」

「で、正直どうなんですか?」


 サラは鋭い視線をアイザックに向け質問する。その目で見つめられたアイザックはもう逃れられないと諦めたようでコーヒーを一口飲んだ。


「あぁ。サラの言う通りだよ。」


 アイザックはそう答えると顔を伏せた。


「どういうところが好きなんですか。告白したりしないんですか。」


 サラは質問が止まらない。


「どうしたんだ。急にこんな話。」

「ただの興味です。教えてください。」

「うーん。どこが好きか…。あんなに真っ直ぐな奴他にいないだろ?そこに惚れたというか…。結ばれたいとは思わない。種族も年齢も立場も違う。できれば同じ魔女と結ばれてほしい。」

「そのわりには想いに気が付いて欲しそうな素振りばかりですね。」

「よく見てるな…。まぁ、あれだけアプローチしても何も気づかない位の鈍感ぶりだろう?この先も気付かれるはずない。ならば今だけこの位してもいいかなと。」

「ずるい人ですね。」


 あまりにもアイザックのウジウジした感情にサラは呆れた。もっとこの人は真剣に振り向いてほしいと思っていると思っていたが、最初から諦めているなんて。諦めた上で自分の好き放題をしているなんて。サラは腹が立ってきた。


「ずるい…。まぁずるいよな。でも先に進むのが怖いんだ。」


 アイザックは頬を赤らめながら頭を抱え込む。それを無視してサラは帳簿を閉じて立ち上がった。


「どこ行くんだ。」

「そろそろ業者が来る時間なので対応してきます。アイザックさんが面倒臭い人だとわかって満足しました。それでは。」


 サラはそう言い残し執務室を出て行った。アイザックは普段丁寧なサラが辛辣な物言いをしたことに目を丸くしたが、サラに想われているのにそれに気づかず、一人の少年に想いを寄せているのに一定の線引きをしている、そんなずるい上司には多少軽口を叩いても大丈夫だろう。サラは階段を降り屋敷の裏口に移動した。

 

 

 

 仕事で冷えた体をいち早く温めようと自室へ急いでいたリュカは、自室の前に誰かが立っているのが見えた。近づくと、美しい赤髪からサラであることがわかった。


「サラさん、どうしたんですか。」


 昨日ここでサラにされたことを思い出してリュカは少しオドオドして尋ねた。


「部屋に入れなさい。話があるの。」


 突然の部屋の訪問にリュカは驚いた。しかも相手は女の子だ。入れても良いのだろうか。


「えっと、いやでもサラさん女の子だし部屋散らかってるしだめですよ。」

「いいから入れなさい!」


 リュカは一度は断ったが相変わらずのサラの圧力に屈し、リュカはサラを部屋に招き入れた。


「何よ。男の部屋にしては綺麗じゃない。薬臭いけど。」


 サラはリュカの部屋をぐるりと見て回る。


「サラさん座っててくださいよ〜。今クッキーお出ししますから!」


 リュカは別に部屋に変なものがあるわけではないが、じっくり観察されるのは恥ずかしく、サラをソファに座らせた。


「で、どうしたんですか急に。帰るの遅くなっちゃいますよ。」


 リュカはサラの目の前に自作のクッキーを置いて、向かいのベッドに腰掛ける。サラはリュカの顔一点を見つめ話始める。


「あんた、アイザックさんのことどう思っているの。」


 突然の質問にリュカは面くらい、質問の内容を振り返る。自分がアイザックをどう思っているか?今まで考えたことがなかった。しかしサラの視線が痛いため何か答えなくてはと答えを絞り出す。


「えっと…。上司、ってわけではないし…。一緒にランチをするお友達?ではないな。」


 歯切れの悪いリュカの答えにサラはイライラが湧き上がる。


「そういう関係性じゃなくて、あんたがアイザックさんに感じている感情を教えてほしいの!」

「感情!?感情と言われても…。あ、最初は嫌味ばかりな人で怖かったんですけど、いつの間にか仲良くなって、でも今でも意地悪するし僕を女の子扱いみたいなことするし…。」

「あぁもう!好き?嫌い?」

「え〜っと…。まぁ人としては好きです…。かね?」


 リュカは今の答えで正解か?と恐る恐るサラを見たが、少しも表情が変わっていなくてますます訳がわからなくなった。


「まぁいいわ。あんたがその程度で安心した。」


 サラは思わずアイザックがリュカのことを好いていると打ち明けてしまおうかとも考えたが、それをきっかけにリュカまでもアイザックを好きになってしまっては困るため心の内に秘めた。


「なんでサラさんはアイザックさんと僕のことが気になるんですか?」


 リュカにしては鋭い質問にサラはたじろぐ。


「別にっ。職場内の人間関係を知っておくのも必要でしょ。」

「ふーん。もしかしたらなんですけど、サラさんアイザックさんのこと好きなのかな〜って勝手に思っちゃった。ごめんなさい。」


 次々と繰り広げられるリュカの爆弾発言にサラは口をパクパクと動かした。


「な、なんでそうなるのよ!」

「あ、いや、ごめんなさい!違いますよね!でもランチ一緒にしたいとか僕とアイザックさんの関係聞いてきたりとかでそう思っちゃって。あ!僕の兄弟がそういう恋とかの本が好きでたまに読んでたから影響されちゃったのかな〜なんて。」

「なんで変なところで勘が良いのよあんたは!」


 その時ハッとサラは墓穴を掘ったことに気がついた。リュカは変わらずニコニコ笑っている。


「じゃああれですね、アイザックさんが僕を女性扱いしてちょっかいかけてくるのも、他意はないとしても見てていやですよね。やめてって言わなきゃ。」

「それはだめ!」


 リュカの言葉にサラは反射的に否定した。サラはアイザックのことが好きだが、アイザックの恋を踏み躙りたいわけではない。リュカとは正々堂々と勝負がしたかったのだ。


「でもそれじゃあサラさんに悪くないですか?」

「いいの。アイザックさんがあんたにしていることを私にさせる位にしてみせるんだから。」


 サラはクッキーを一つ摘んだ。クッキーを咀嚼しているうちに冷静になり、やはりリュカには身を引いてもらうべきか?と心が揺らぐ。しかし自分のこのポテンシャルで必ずアイザックを振り向かせると心に決めた。


「あんたはいないの?その…。好きな人。」

「え!僕!?僕は、えっと…。」

「その慌てようだといるな。いやもうわかってるんだ。あんたわかりやすいもいん。ユリウスさんでしょ。」


 サラの指摘にリュカはしどろもどろになる。どうして自分がユリウスのことが好きなのがわかったんだろう。いや、そもそも自分はユリウスを本気で好きなのだろうか。


「な、なんでそんなこと…。」

「言ったでしょ、わかりやすいって。ユリウスさんの目の前にいるあんた気持ち悪いのよ。」

「気持ちわる…。んーでも本当に好きかまだよくわからなくて…。そうだ!僕たちお互いの好きな人がわかったんですから、協力し合いませんか!?」

「え、嫌よ。」


 リュカは良いことを思いついたと提案したが、即サラに否定された。


「私は自分の力でアイザックさんに振り向いてもらう。だからあんたも遠慮しないでいつも通りアイザックさんと関わって。ユリウスさんはまぁ…。頑張んなさい。」

「そんな〜」


 立ち上がったサラを見上げてリュカは情けない表情を見せた。


「あんたには絶対負けないから。それだけ。」


 サラはリュカにそれだけ伝えると勢いよく部屋を出て行った。


「僕と何を勝負するんだろう…。どっちが先に幸せになるかとかかな…。」


 リュカは首を傾げサラが残したクッキーを一つ摘んだ。

 

 


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― 新着の感想 ―
ここ…『アイザックのことが好きだが、アイザックの恋を踏み躙りたいわけではない』最高すぎ、サラちゃん推せる…。 ギスギスした三角関係やわざとらしい当て馬より、めちゃくちゃ好感だし、応援したくなる…!
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