第六夜(2)
「リュカ様、あの、お客様がお見えになられております。あとアイザック…様にもお会いしたいと。」
ジーナは他のメイド同様アイザックのことを良く思っていないようで名前を呼ぶ際に少し顔を歪ませた。
「なんだろう。何か約束していたか?」
「いえ。全く。」
二人はジーナに連れられ応接間へと入った。
「遅い!私を待たせるなんてお前も偉くなったな!」
部屋に入るや否や怒号とティーカップが飛んできて、アイザックは咄嗟にリュカに当たらないよう前に出て盾となった。ティーカップは二人に当たることはなく、壁に当たりパリンと割れた。
「ガデル!なんでお前がここにいるんだよ!」
リュカは盾になっていたアイザックを押し退け、客人の元へ駆け寄った。
「お前、契約者になんて言葉遣いだ。」
「アイザックさん、こいつは僕の家で契約している悪魔のガデルです。乱暴者だけど良い奴だから安心してください。」
リュカはガデルを無視してアイザックに紹介する。ガデルという名の悪魔は濃い顔立ちの女性型の悪魔で、長いボサボサの髪に、大きな胸と局部がほんの少し隠れる程度の服とも呼べぬ布を身につけ、長い編み上げのブーツを履いていた。ガデルはどっかりとソファに腰掛け、机にはメイドが用意したと思われるティースタンドが置いてあったが、中身はほぼ食べ尽くされていた。
「紹介はいい。私はお前に用があった。そこの真っ黒いお前だ。」
ガデルはアイザックを指差し、二人に座れと命令した。
「率直に聞くが黒いの。お前リュカの血を飲んだな。」
ガデルは鋭い声でアイザックに尋ねた。アイザックはガデルの言葉を聞いてギクリとしたが冷静を保ちソファに腰掛ける。
「あぁ、それはアイザックさんが疲れて倒れていたから僕が…」
「リュカは黙りな。アタシはこいつに聞いているんだ。」
ガデルはアイザックから視線を逸らさずにリュカの言葉を遮った。アイザックは一度咳払いをし自らを落ち着かせてから答え始めた。
「ガデル様の言う通り、リュカの血を飲みました。」
ガデルはその言葉を聞くとやっぱりと確信した顔をする。そして黒くて大きな翼をはためかせアイザックの頭上へ飛んできた。
「そうだろう。リュカの血は美味かったか?魔力がほとんどないから雑味がなく良い味がしただろう。きっと今でもまだあの味を忘れられずに、吸いたくてたまらないだろう。」
ガデルはアイザックのつむじ辺りの髪の毛をくるくるといじる。アイザックは図星を突かれたようで慌てて否定する。
「そんなことはありません。あなたと契約済みのリュカの血なんて。」
「悪魔に嘘を吐くなんていい度胸だね。」
「あの、アイザックさんが吸いたいならいつでも!」
リュカは袖を捲りアイザックに見せつけたが、アイザックは困ったように頭を抱える。
「馬鹿かお前は。アタシと契約している以上他の者と契約したらお前は契約違反でアタシに魂を取られて死ぬんだよ。」
ガデルはリュカのこめかみをグリグリと拳で押し付ける。
「そこで黒いのに質問だ。もし吸血鬼が他人を噛み血を吸ったとする。そうすると吸われた側はどうなる。」
再びガデルはアイザックの頭上に飛んでいき質問する。アイザックは汗を流しながら淡々と答える。
「相手の血を飲み眷属となるか、相手の血を吸えなかった場合は酷い乾きと飢えの果て死ぬ…。」
「そうだ。お前は己の種族のことをよくわかっている。つまりだ。今回は噛んでいなかったし、リュカも使役魔法を使っていなかったから契約にもならなかったが、こいつが今後リュカの血を求めて噛んだらこいつの口を介して体液が入り、お前は眷属になるか飢えて死ぬかだ。眷属になったとしてもアタシとの契約違反で死ぬがな。」
ガデルの話を一つ一つ理解しながら聞いていたリュカだが、一つ疑問が生まれたようで手を挙げる。
「でもガデル。僕がヤミルと契約した時、ヤミルに噛まれて体液が入ったと思うけどそれは大丈夫なの?」
リュカの質問が終わるとガデルは「バカもん!」と残っていたマカロンをリュカの口に詰め込む。
「それはお前が先に使役魔法の魔法陣を組んで契約者側になったからだ。この黒いのはお前より高等だから噛まれたらこいつが必然的に契約者となる。お前魔法が使えないからといって、薬学以外の授業をサボっていたな!」
リュカはせっかくマカロンを咀嚼し終わったのに、ガデルはもう一つ詰め込む。
「これから黒いのがリュカを襲わないことが保障できない。やはり黒魔女に言って国に戻すか。」
ガデルがそう言うとアイザックとリュカは立ち上がる。
「ガデル様、リュカは我が国になくてはならない存在です。それだけはご勘弁を!」
「そうだよガデル!やっとお店が軌道に乗ったんだ。今戻っても僕にできることは何もないよ!だから国には絶対に帰らない!」
二人に説得され少し冷静になったのかガデルはソファに戻りまたどっかりと座った。
「お前たちの言い分もわかる。しかし私は吸血鬼をあまり信頼していない。お前も美味い菓子を食べたらまた食いたくなるだろう。吸血鬼にとって血は菓子と同じだ。だからお前が吸われてしまわないか心配なんだ。」
ガデルの意見を聞き二人は黙って俯いた。リュカは実際吸血鬼に襲われた経験があるし、アイザックもリュカの血を絶対に吸わないと約束できるかといえば自信が無かった。味わってしまったリュカの血は今でも鮮明に思い出せるほど美味なものだったのだ。
「仕方ない。こうするか。」
ガデルは何かを決意したように立ち上がる。
「これから定期的にお前たちの様子を見に来る。もちろん連絡なしにだ。少しでも黒いのに不信な動きがあればすぐにリュカを国に連れ返す。いいな。」
「えぇ、また来るの。」
「仕方ないだろう。お前が余計なことをするからだ。あと、アレシアも心配しているしな。最近手紙を送ることをサボっているだろう。」
アレシアとはリュカの母のことだ。リュカは最初は頻繁に手紙を送っていたが、私生活が忙しく最近は頻度が少なくなっているのを思い出す。
「いいか。リュカをどう想うが勝手だが血だけは吸うなよ。」
ガデルがアイザックに最後の忠告をすると、アイザックは慌てたように立ち上がる。しかしそれを無視してガデルは煙のように消えてしまった。
はーっとアイザックが溜め息を吐いて手で顔を覆い倒れ込むようにソファに座る様子を見て、リュカはモジモジとしながらアイザックの方を向いて座り直す。
「あの、僕の血って美味しいんですか?」
「ノーコメントで…。」
アイザックはリュカの問いにまたもや溜め息を深く吐いて答えた。




