第六夜(1)
魔女のアレシアは町中の魔女が見守る中、悪魔ガデルが自分のお腹をさする様子を眺めていた。
今日は子どもを孕って五ヶ月目。魔女の伝統で代々継承して契約をしている悪魔が、お腹の子どもに魔力を授与する儀式の日だ。アレシア・ベルナールは契約している悪魔ガデルが真剣にお腹をさすっているのを見て緊張でゴクリと喉を鳴らす。
ふぅ。と一息吐き、お腹をさするのをやめたガデルは屈んでいた腰を伸ばしアレシアを見つめる。
「アレシアおめでとう。お腹には二人の男の子がいる。」
ガデルの言葉にアレシアは安堵でホッと息を吐く。周りの魔女もワッと祝福の歓声を上げた。
「だが。」
しかし次の瞬間、ガデルの歓声を掻き消すほどの大きな声で辺りはシンと静まり返る。
「だが…。片方の魂が小さい。死ぬことはないだろうが、通常の量の魔力は受け取れないかもしれない。最善は尽くすが良いか。」
「はい。この子達が生まれてきてくれさえすれば、魔力の量なんてっ。」
アレシアは涙を浮かべ了承する。
「良い子だアレシア。ではこれから生まれてくる子たちに祝福を。」
ガデルは再び屈みアレシアのお腹に口付けをする。魔女を専門とする悪魔はこうやって魔力を子どもに与える。そうして子どもが成長し、経験や知識を得て書き換えられた魔力を死後食糧としてもう一度悪魔に戻される。他の悪魔もそうだ。死神が回収した魂から魔力だけを悪魔は受け取り食糧とする。
「元気に生まれてくることを願っている。アレシア、体を冷やさないようにな。」
ガデルはそう言うと煙のように姿を消した。アレシアは自分のお腹を愛おしそうに撫でた。
リュカがバルデン国にきて数ヶ月が経った。相変わらず朝早くから薬の仕込みをしてやってくる客に合った薬を売り一日を終える毎日を送っていたが、最近は少しだけそれが変わった。毎日昼休みの時間、アイザックが昼食を持ってやってきて一緒に食べるというルーティーンが加わったのだ。最初は会うと嫌味しか言わなかったアイザックが、今では楽しそうにリュカと会話をしている。本当はひょうきんで面白い人という新発見があった。しかし冗談を言ったり揶揄ったりするところは変わらない。今日はアイザックが持ってきてくれたベーグルを二人で食べた。
「リュカ、頬についてる。子どもみたいで可愛いな。」
こんな風にアイザックは冗談を言う。男の僕に可愛いなんて言うなんて冗談の他でもない。
「アイザックさん。冗談でも可愛いなんてやめてください。僕男ですよ。」
「冗談なんかじゃないさ。僕は嘘を吐かないよ。ユリウスと違ってね。」
アイザックはさも普通にリュカの頬についたベーグルの食べかすを自分の口へ運ぶ。こういった行動もなんの目的があるのか疑ってしまう。
「ユリウスさんは嘘なんて吐かないでしょう。あんなに顔に出る人他にいませんよ。」
あんなに優しいユリウスが嘘吐きなんてありえない。リュカはユリウスを嘘吐き呼ばわりしたアイザックを否定した。気になっている人をそう言われると良い気がしない。
「いいや。あいつは嘘吐きだよ。今にわかるさ。」
アイザックは飄々とした口ぶりで言いながらベーグルが入っていた紙の包みをくしゃっと丸めた。リュカは釈然とせず言い返そうとしたがタイミング悪く店の時計が鳴った。
「もうそんな時間か。」
時計を見て名残惜しそうにアイザックが言う。しかしリュカは開店準備ではなくコートを羽織りカバンを整理する。その光景を不思議そうにアイザックは見ていた。
「なんだ。どこか行くのか。」
「あぁ、いえ、明日早くから遠くの町に薬を売りに行くので今日は午前で店仕舞いなんです。」
リュカは身の回りの支度をしながら答える。
「そうか、じゃあ今日は一緒に帰れるな。」
嬉しそうにするアイザックにリュカは、見えるはずのない犬のしっぽのようなものが上下にブンブン振られているように見えた。数ヶ月前までこんなに感情を露わにする人ではなかったので、なぜこんなにも変わってしまったのかリュカは不思議に思った。
「しかしまた変な客に襲われないか心配だ。僕の眷属を連れて行きなよ。」
「アイザックさんの眷属は門番さんじゃないですか。人手不足なのに悪いですよ。僕は大丈夫です。今度はちゃんとヤミルも連れていくので。」
リュカが断るとアイザックの見えないはずのしっぽは寂しそうに垂れ下がったようである。それがなんだか可愛いと思ってしまう自分も変だ。二人は身支度を終えて店を出た。
屋敷に戻るとジーナが慌てた様子で出迎えてくれた。




