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第一夜(1)

「はぁ…。」

 赤黒く怪しい色をした空の下、勢いよく水が噴出される噴水の縁に座っている少年が、読んでいた本を閉じ溜め息を吐く。閉じられた本には『魔法薬の調合法と取り扱い』と書かれている。

 

溜め息の主はリュカ・ベルナール。栗色の髪の毛はふわふわと触り心地が良さそうで、顔周りの毛は内側にくるんとカールしている。魔女特有の黄緑色の瞳はくりくりと丸く長い睫毛で覆われている。鼻は小さく唇は薄くほんのり紅く色付いている。側から見たら可愛らしい見た目をした人物だ。

 リュカは前方の渡り廊下を忙しなく行ったり来たりしている生徒を見て再び大きく溜め息を吐いた。

 リュカが見ている生徒は、制服である腰丈のケープコートの胸元部分に四角いエメラルド色のブローチを付けている。これはリュカが通うラビントス国唯一の魔法学校である、ライメアラ魔法学校の門番候補生である印である。ラビントス国と人間界の間の門を守る門番は特殊訓練を受けた軍隊から構成され、成績の良いライメアラ魔法学校の魔女は門番候補生として軍と共に、門に関わる実務任務に携わる。


 リュカは幼い頃からその印を胸に輝かせることを夢見ていた。しかしリュカにはそれが叶わなかった。

 リュカは生まれつき魔力がほとんどなかった。魔力が無いということは魔法が使えない。魔女としては大きな欠陥だ。そのせいで万年一番下のクラスでさらにその中でも最下位の成績である。他の魔女たちからは揶揄われることがしょっちゅうだ。だからリュカは忙しなく仕事をする候補生達を見て溜め息を吐いていたのだ。


「リュカ!お待たせ!」


 はつらつとした声と共にとある人物がケープコートを翻し走ってくる。走ってきたのはルイ・ベルナール。リュカの双子の兄弟だ。リュカと同じく栗色の髪だがリュカより少し襟足が長く外側に跳ねさせている。顔立ちは似ているが、ルイの方が猫のように目尻がキリリと吊り上がっている。リュカと比べて可愛いというより綺麗なタイプだ。


「また魔法薬の本読んでる。本当に好きだね。」


 ルイはリュカの本を取り上げてパラパラと興味のなさそうにページを捲った。

「だって、僕の得意なことはそれくらいだもん。」

 リュカは膝の上で両手をいじり、少し悲しそうに呟いた。


 リュカは魔法が使えない代わりに頭が良かった。学校でも、魔法薬学や医療学については学校一の成績であった。ただ頭が良いだけでなく、リュカは医療に対して深く関心を持っていたため、教師さえ知らない知識も独学で吸収してしまうほどだ。もし自分に魔力があったなら候補生になり、将来的には軍に入り軍医として働きたかった。そんな夢があったからこそ候補生への諦めが付かないでいる。


「はい。本返す。そういえば今日は一緒に帰れなさそう。」


 いつもリュカと一緒に寮に帰っていたルイは悲しそうに眉を下げた。


「今日はハロウィンでしょ?ただでさえ人間界側の人手が足りて無いっていうのに、魔族側の門にはグールが押し寄せてきて、一匹人間界へ逃げちゃったんだ!だから捕まえに行かなくちゃで…。僕は前線で働きたくないから逃げてリュカと帰ろうと思ったんだけど、今日ばかりは先輩に捕まっちゃって。だから今日は帰れない!」


 ごめんとルイは顔の前で手を合わせて謝る。

「別に良いよ。僕一人でも帰れるし。任務頑張ってね。」

「リュカも、もしかしたらグールが潜んでいるかも知れないから気を付けて帰ってね!」

 二人は別れの挨拶をすると、ルイはパタパタと走って行った。走っていくルイの胸元にはエメラルド色のブローチが光輝いていた。


 ルイはリュカと違って生まれつき強大な魔力を持っていた。魔法学校に入学するとすぐに才能を発揮し、力のコントロールを覚えるとあっという間に上級クラスへ。魔法学校でも最年少で候補生になった。しかし不真面目な性格故、任務には出向かず先生達や先輩達は頭を悩ませていた。


 そんなルイを恨んだことはないが、双子の兄弟なのに、そっくりな見た目をしているのに、と周囲から比較され、リュカもやるせなさを感じる日々を過ごしてきた。


「はぁ…」


 リュカはもう一度溜め息を吐くと、本を小脇に抱え、そろそろ帰ろうと立ち上がった。しかしその時だった。

「おい。ルイ・ベルナール。今日こそ任務に参加すると約束していただろう。何を帰ろうとしているんだ。」

 ルイが走って行った反対方向から、上級生と思われる生徒に声をかけられた。がっしりとした体格の生徒で胸にはブローチを付けている。

「逃げ出したグールの捕獲作戦が実行される。お前も早く準備しろ。」


 リュカは思わずポカンと口を開けてしまった。どうやらこの先輩はルイと自分を間違えているようだ。リュカは開いた口を急いで閉じ自分がルイではないことを否定した。


「い、いや、僕はリュカの方でルイはさっき先輩の元へ走って…」

「何をわけのわからないことを言っているんだ。そうやっていつものように逃げる気だな。俺は用件は一度しか言わない。早く来るんだ。」


 ルイの双子の兄弟なのにリュカの知名度は低いようで、先輩は自分をルイだと疑わず先を行ってしまった。どうしよう。早く先輩の誤解を解かないと自分がルイの代わりに人間界へ行く事に…とその時リュカの頭の中にある考えがよぎった。どんなに焦がれても人間界へなんて門番か候補生、特別に許可された輸入業者しか許されない。これは人間界へ行くチャンスではないか。元々魔女は人間が悪魔に魔力を貰った生き物だから人間と姿形に大差はないが、人生で一度くらいは人間を見てみたい。任務と言っても候補生のやることであるし、人間界では許可なく魔法を使うことが禁止されているため、魔力のないリュカでもルイの代わりをこなせるのではないか…。いけない、と判りつつも目先の好奇心に心が躍る。リュカは自分の手をギュッと握りしめ先輩の後をついて行った。

 


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― 新着の感想 ―
リュカ……立派な夢があって、頑張り屋さんなのに、才能があって、サボり癖のあるルイと比べられて……もう、辛すぎる! 抱きしめてあげたいっ……!! それなのに腐ってない性格の良さも、推せるぅぅ…! でも…
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