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第五夜(1)

リュカがバルデン国に来て三ヶ月が経った。リュカの店は収入も安定し始め、空いた時間があればユリウス邸で薬草やハーブを自分で育てる余裕も生まれた。また、営業形態も少し変え、店だけでなく要望があれば訪問診療を始めた。丁寧な診療も行ってくれる薬局として名が広まったファルマシー・リュミエールは、遠くの地域にまで話が広まり、遠くて店に行けない吸血鬼にはこの訪問診療は好評となったため、日々範囲を広げている。今日は屋敷の周りではなく少し足を伸ばして隣町に薬を売りに行く予定がある。リュカはあらかじめ聞いた症状に合わせて使えそうな薬をカバンに数種類詰め、出かける準備をした。


「ユリウスさん失礼します。」


 出かける前にユリウスに外出許可を貰いに執務室を訪れた。今日はユリウスの仕事机はある程度片付いており、仕事が落ち着いてきたのかな、とリュカは少し安心した。門番の司令官はかなりやることが多いらしく、ユリウスもアイザックも家に帰らず平気で寝ずに仕事をするし、血液だけで何日も凌ぐので健康面で心配していたところだ。


「今日は東の方の町か。歩いても2時間という所だが大丈夫かい?」

 ユリウスは外出届を見て訪問診療先が遠いことを心配する。しかしそれとは裏腹にリュカは自慢げな笑顔をみせた。

「ふっふっふ。実は僕には秘密兵器があるんです。」

「秘密兵器?なんだいそれは。」


 ユリウスはワクワクと身を乗り出した。


「僕は魔力が少なくて箒に乗っても数センチしか浮かばないし移動できないんですけど、自転車があれば長距離の移動が可能なんです!魔法で浮いて、あとはペダルを漕ぐだけ!坂道も関係ないから疲れないんです。」

 説明を完璧に終えたリュカにユリウスは拍手を送った。

「君にはそんな秘密兵器があったのか。でも油断は禁物だよ。無理しないようにね。」

「ユリウスさんこそ無理しないでちゃんと寝てくださいね。僕、ユリウスさんが何日も寝てないの知ってるんですから。」

「バレていたか。まいったな。」

 ユリウスは困ったような笑顔を見せ、外出届に印を押した。

「では言ってきます。」

「気を付けて行くんだよ。」


 リュカはユリウスに見送られ執務室を出た。屋敷を出て裏庭に停めていた自転車を引っ張り長いポーチを進み正門へ向かった。正門に着き外に出ようとした時、門の前で守衛とアイザックが話ているのが見えた。リュカはこの国に来てからアイザックから些細なことで絡まれたり、嫌味を言われることが多いためなるべく顔を合わせたくなかった。二人が話を終え門が通れるようになるまで近くで待っていようと、近くの木の裏で隠れてやり過ごしていたが、超感覚を持つ高等吸血鬼様にはバレバレであった。


「おいお前。そこで何をしている。」


 木の裏からアイザックに声をかけられてリュカは驚いてつい声を上げる。


「僕に何か用か?生憎僕は君より忙しいんだから早くしてくれないか。」

 アイザックは面倒くさそうに頭を掻き、急かすように問いただしてきた。

「い、いや、用はないんですけど、門を通りたくて。」

 リュカはなるべくアイザックと目を合わせないようにしながらモゴモゴと話す。

「あぁ、僕たちが邪魔だと。言ってくれたら退いたのに。」


 そう言ってリュカが通れるように守衛と共に門の脇に移動した。しかしこの男は嫌味ったらしくでないと喋れないのかと少し気分を害したが、リュカは「ありがとうございます。」と軽く礼を言い門を潜った。


「あぁそうだお前。」


 まだ何か言いたそうにアイザックはリュカを引き留めた。リュカも嫌々振り返る。


「お前自転車で移動するのか?魔女なら箒だろ普通。」


 アイザックはそれだけ言い残しまた守衛の元に引き返す。リュカはバカにされ頭にカーッと血が上ったのを感じたがここは大人らしく深呼吸して心を落ち着かせた。そして気持ちを切り替えて自転車に跨りペダルを漕ぎ出す。今日の空は雲が厚くどんよりしており、冬の風が冷たくリュカの体を掠める。

 


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