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第四夜(3)

食事を終え軽く街中を散策し終えた二人は相変わらず色々な人に声をかけられてお土産を貰った。そろそろ荷物も多くなってきたので帰宅することになった。


「そういえばユリウスさん、何か街に用があったんじゃないんですか?」


 リュカはジーナの代わりにユリウスと街に来ていたことを思い出す。


「実はジーナは今日全然忙しくないんだ。ただ君と二人で出かけたかっただけ。話もしたいしバルデン国のことも知って欲しくて。」


 ユリウスは照れくさそうに口元に手を添える。

「なんだ。僕はユリウスさんに誘われたらどこでも行きますよ。また遊びに行きましょう!」

 二人は馬車に乗り込み、また他愛のない話をし合った。


「ふぅ。やっと屋敷に着いたね。僕はメイドたちに荷物を下ろさせるから自室でゆっくりしていなさい。」


 ユリウスは最後までリュカを丁寧にエスコートし馬車から降ろした。リュカはユリウスに買ってもらった本を大事そうに抱え、ホールから二階へ伸びる階段を登っていく。すると階段の上ではアイザックがリュカのことを待ち構えていた。しかしまた嫌味を言われるだけだとリュカはアイザックの横を通り過ぎようとした。しかしあっさり左腕を掴まれてしまう。


「ユリウスとデートか?この忙しい時にお前たちときたら。」


 リュカは頑張って掴まれた手を振り払おうとしたが、ぐいと腕を引っ張られ、アイザックの腕の中に収まってしまった。急な出来事に慌ててリュカは逃げようとしたが、階段の手すりにアイザックが手を置いたため逃げ場が無くなってしまった。


「ちょっと、どいてください!」


 リュカは硬いアイザックの胸をどんどんと叩いて抵抗する。


「お前、ユリウスのことが好きだろ?」


 抵抗している間にアイザックは顔をリュカの耳元に近づけ囁く。リュカは自分でも気付かないふりをしていた気持ちを代弁され顔が熱くなる。


「やはりそうか。だがそれは恋じゃない。魅了のせいだ。そんな感情、仕事の邪魔で迷惑だからユリウスに近づくのはやめろ。」


 アイザックはリュカの耳元から顔を離し、今度は顔に近付き厳しい表情で忠告した。


「魅了のことは聞きました。でも僕がユリウスさんをどう想うかはアイザックさんには関係ありません。仕事の邪魔もしませんから。とにかくどいてください!」


 リュカがドンっとアイザックの胸を押し除けるとようやくアイザックの力が抜け解放された。


「あいつはこの国で重要な役割を担っている。今、恋人ごっこなんて可愛いことをやっている暇などない。」


 アイザックは真剣な眼差しでリュカを諭す。確かにユリウスは門番の司令官で第1族の長男で自分なんか相手にされる方がおかしい。それはわかっている。だが改めて他人から指摘されるのは納得がいかなかった。


「失礼します。」


 リュカは怒りが込み上げてアイザックにぶつかりながら自室へと向かった。


「アイク。」


 リュカが去った後ユリウスが階段を登って現れた。アイザックは罰の悪そうな表情を浮かべる。


「また君はあの子をいじめていたのか。」

「いじめてなんかいない。あいつとお前の身分の違いを教えてやっただけだ。」

 アイザックはふんっとリュカが行った方へと顔を背ける。

「アイク、あの子は我が国で大切なのは存在だ。いじめられたせいで故郷へ帰られては困る。」


 ユリウスはそっぽを向いたアイザックの首筋に指先を這わせ、顎まで到達するとこちらを向くように指先で誘導させた。


「お前はあいつに甘すぎる。」

「私はみんなに等しく甘いよ。」


 ユリウスは顎から指を離し、今度は両手でアイザックの顔を包むと目尻を細めて笑う。そしてするりと手を離すと自分の執務室へと帰っていった。


「このたらしめ。」


 アイザックは去っていくユリウスの背に向かってポツリと投げかけた。

 

 

 

 リュカは自室に戻るとベッドにとすんと寝転がった。胸には吸血鬼の解剖書が抱えられている。先ほどのアイザックの言動は頭に来たが、それ以上にユリウスと二人きりで出かけた思い出を反芻することで徐々に薄れていく。


「僕もユリウスさんに何かお礼がしたいな…。もちろんお仕事の邪魔にならない範囲で…。そうだ!」

 リュカはベッドから起き上がり本棚の中を探った。

「あった。これなら邪魔にならないよね。」


 リュカは手に取った本をソファの上で広げ、メモを片手にページをめくった。

 

 

 

 数日後リュカは仕事終わりに買い物をし屋敷に戻ってきた。そして荷物を自室に置くや否や一階の厨房に向かった。


「すみません。今って厨房使っても大丈夫ですか?」

「あらリュカ様、ええもちろん使ってもよろしいですよ。」


 吸血鬼の食事のほとんどは血液のため、食事はリュカ自身で作ることが多くなった。そのことにメイドも慣れたようで、リュカが厨房に入ってもに何も言わなくなくなった。


「今日の夕食は何かしら。」


 メイドがリュカの作る料理が気になり話しかけてきた。


「今日はユリウスさんにクッキーを作ろうと思って…。」


 リュカが照れくさそうに答えると、片付けをしていたメイドたちはキャーと歓声を上げリュカを取り囲む。


「ユリウス様って本当に良い人よね〜!綺麗だしかっこいいし。毎日すれ違うだけで幸せになるわ!」

「わかる。仕事が嫌な訳ではないけれど、ユリウス様を見るとやる気が出るというか…。」


 メイドたちがユリウスの話題で盛り上がっている隙にリュカはクッキー作りの準備を始める。


「それに対してアイザック様はいつも無表情だし、私たちに厳しいしちょっと嫌なお方よね。」


 ここでアイザックの話題が出たのでリュカの耳がぴくりと動いた。


「そうよこの前も床磨きをしていたら邪魔だって。」

「女癖も酷いらしいわよ。この間も友達が、前と違う女性と歩いていたって言っていたわ!夜も遊び呆けて…。」

「まー!いやらしい。」


 リュカが思っているようにメイドたちからもアイザックは良く思われていないらしい。


「そんなんだから未だにご家族と疎遠なんでしょう。」


 一人のメイドの発言にリュカは以前ユリウスが言っていたことを思い出した。ユリウスが言っていたアイザックの家の問題とはアイザックの遊び癖が原因なのではないかと察した。ユリウスが言い淀んでいたのも、アイザックの癖を隠すための優しさだったのかもしれない。しかし、アイザックは自分も遊んでおきながら人の恋路に口を出すなんてと怒りが湧いてきた。


「あなたたち!何をやっているのですか?洗濯物がまだ片付いていませんよ。」


 突然厨房の扉が開いたかと思えばメイド長のジーナが現れた。他のメイドは謝りながら自分の持ち場に戻っていく。


「全く。リュカ様の手伝いをするわけでもなくベラベラと。申し訳ありません。今お手伝いいたしますわ。」


 ジーナは急いで袖をまくり手を洗う。ジーナは金色の髪を常にシニヨンにまとめ、丸メガネをかけている。見た目は穏和で優しそうな年増なメイドだが、他のメイドたちには厳しい。しかし仕事ができるため周りからは信頼されている。いつもはメイド長の仕事に合わせてユリウスの護衛役も担っている。噂によるとアイザックの実家である第2族の軍隊で訓練を受けていたことがあるらしく、下等吸血鬼としては戦闘力に長けているようだ。


「あ、今日は僕一人で大丈夫です。むしろ僕一人で作りたいというか…。」


 手伝おうとするジーナを遮り、リュカはモジモジと両手を擦った。ジーナはその様子と厨房に並べられた材料を見て何かを察したようだった。


「あらまぁ。もしかして大切な方にプレゼントかしら?」


 ジーナはなんでもお見通しと言わんばかりにウインクしてみせた。


「大切、というか、ユリウスさんにお世話になってばかりだからクッキーを作ろうと思ったんです。」

「そうでしたのね。ユリウス様もきっと喜びますわ!ではお邪魔しては悪いですわよね。何かありましたらいつでも呼んでください。」


 ジーナは弾けるような笑みを浮かべ厨房を出ていった。扉が完全に閉じられた後、廊下に出たジーナの笑顔は消え、冷たい表情に変わっていた。


「よし!頑張って美味しいのを作るぞ!!」


 リュカは何も気付かぬままクッキー作りを再開した。


 数時間後、リュカは美味しそうに焼き上がったクッキーを丁寧に箱に詰めた。ナッツがふんだんに入ったものやチュコが入ったもの、様々な形に型どったもので可愛らしいクッキー缶が出来上がった。


「よし。持っていこう。」


 リュカはエプロンを解くとクッキー缶を持ってユリウスの執務室へ向かった。


「失礼します。リュカです。」


 執務室の扉をノックするとユリウスの返事が返ってきたためドアノブを回す。中に入ると相変わらず机は書類で埋まっていた。そして机の隣にはメイド長のジーナが立っていた。どうやら一緒に仕事をしていたようだ。しかしジーナがいる前でクッキーを渡すのは若干照れ臭さがある。


「どうしたんだいリュカ。まだ家賃の支払いには早いだろう。」


 なかなか渡せずにいるリュカにユリウスが尋ねる。


「あ、あの、この間は街に連れていっていただきありがとうございます。これ、お礼のクッキーです。地元のレシピだから口に合うかわかりませんが。」


 リュカは勇気を振り絞って用意していたセリフと共に渡した。


「わぁ。君が作ったのかい?良い匂いがする。ありがとう。」


 ユリウスは嬉しそうに笑う。リュカはその笑顔が見られただけで渡してよかったと安心し部屋を出ていった。


「街に出ておられたなんて知りませんよ。」


 扉が閉まってリュカの足音が遠ざかったのを確認してジーナは口を開く。


「ですからお仕事の進みが遅れていたのですね。全く私の目を盗んでこんなこと。」


 ジーナは小さい子を叱るような口調をユリウスに投げかけた。


「まぁいいじゃないか。あの子も頑張っているからご褒美をあげたかったんだ。うわぁ、見てよ。これは花の形かな。可愛いじゃないか。」


 早速缶を開けて一つクッキーを手にしたユリウスを見て、ジーナはすぐさまそれを弾き飛ばす。


「ジーナ。何をやっているんだい。」


 ユリウスは柔らかな口調だが冷たい顔でジーナの行動を問い詰める。


「申し訳ありません。毒味がまだ済んでいませんので。」

 ジーナは机の上に落ちたクッキーを拾い上げる。しかしユリウスはすぐにそれを奪い返す。


「君はまだあの子を信頼できないの?私より疑り深いじゃないか。疑心暗鬼は身を滅ぼすよ。」


 ユリウスはジーナから取り上げたクッキーをヒョイと一口で口の中に入れてしまい咀嚼する。


「うん。最高に美味しいよ。」


 口の端をぺろりと舌でなぞりユリウスは次のクッキーへと手を伸ばした。

 


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