第四夜(1)
「ほーらヤミル。水浴びだぞ〜。」
相変わらず暗い空に満月が輝くとある日。リュカはユリウス邸の裏庭の隅にジョウロで水をかけ、その土の下にいるグールのヤミルに話しかける。裏庭は手入れはされているもののほとんど使われていないため、リュカが店で使う薬草やハーブの栽培とヤミルの寝床になっている。
今日は店が休みの日のため、ヤミルの水浴びが終わったら自室でゴロゴロと過ごそうと決めていた。このところ順調に客が増えて疲れが溜まっていた所だったので今日を楽しみにしていた。
「やぁリュカ。」
リュカが水遣りを終え、ジョウロを物置に仕舞いに行こうとした時だった。庭の美しく切り揃えられた木々の間からユリウスが現れた。普段はお互いに仕事なのと、休日でも仕事で執務室に篭りがちのユリウスと久々に会えて、リュカは鼓動が早くなった。
「リュカは今日暇かな?隣街に買い物に行こうと思ったんだけど、生憎ジーナは手が離せないようで。よかったら一緒に行かないかい?」
ジーナとはこの屋敷のメイド長で、且つユリウスの護衛係だ。
ユリウスに誘われて、自室に篭ろうと思っていたことなどすぐさま忘れて快く了承した。ホールで待っていると言われ、急いで自室に戻り身なりをいつも以上に整えた。
ホールに着くと、いつも通りラフな格好のユリウスが待っていた。ラフなのに溢れる色気が眩しいと思わず目を閉じそうになる。
「来たかい。外に馬車が待っているよ。僕なら君を抱いて街まで飛んで行けるけど窮屈だろう?」
ユリウスは平然とリュカの腰を抱き、耳元で囁いた。むしろそれでも良いとは思ったもののそんなことは口が裂けても言えないため、ユリウスの案内のまま馬車に乗り込んだ。
いつも店へ行く通りを抜け街を過ぎると、開けた道に出て周囲は田畑へと景色が変わった。今日のような満月の日は魔力が満ちておりよく作物が育つだろう。
「もうここでの生活は慣れたかい。」
興味津々に外を眺めるリュカを見て楽しそうにユリウスは問う。
「はい。お陰さまで。でもまだ行ったことがない所がたくさんあって、バルデン国の色々を知りたいです。」
「仕事が落ち着いたら一緒に出かけよう。」
さらっと誘うユリウスにずるい人だなと思いつつも嬉しく、リュカははにかむ。
その後も馬車は走り続けるが、ユリウスを目の前にして緊張してうまく話題が出てこない。しばらく馬車のなかは沈黙が続き気まずい空気が流れた。
「そういえば、バルデン国って王様とか女王様とかいないんですよね。どうやって均衡を保っているんですか。」
何か話題をと考え、リュカは故郷のラビントス国と比べた時真っ先に思いついた疑問を投げかけた。
「そうか。リュカはまだ知らないか。」
ユリウスは組んでいた足を組み直し質問に答え始める。
「はるか昔、我々吸血鬼の真祖が生まれた。真祖は吸血鬼になる前、欲に満ちてやりたい放題で孤独になってしまったんだ。だから吸血鬼になって改心した。」
「吸血鬼になる前?最初から吸血鬼として生まれたんじゃないんですね。」
良い質問だと言わんばかりにユリウスは話を続ける。
「真祖は元々人間だったんだ。彼が死後、悪魔が彼を吸血鬼にした。」
リュカはなるほどというように頷く。
「そして真祖は7人の子どもを設けて一人ずつ役割を与えた。誰か一人に権力が集中しないようにね。それが7族と呼ばれる者たちの始まりだ。」
7族…。リュカが小さく呟くとユリウスは指折り数えながら7族の説明をした。
「第1族は不動産業、第2族は軍隊、第3族は貿易、第4族は教育、第5族は建設業、第6族は洋裁、第7族は農業を営んでいる。第1族に近いほど吸血鬼としての力は強くなる。ちなみに私は第1族の長男でアイザックは第2族の長男だ。」
門番の司令官を務めるくらいだから、きっと高貴な方だと思っていたが、第1族の生まれと聞いて驚愕した。
「ユリウスさんもアイザックさんもすごいお家の人なんですね。あれ?でもどうしてお二人ともお家の仕事でなく門番の司令官をやっているんですか?」
通常なら自分の家の家督を継ぐものだと思っていた。司令官をやるにしても、軍隊の家系の第2族出身のアイザックがやるのではないのだろうか。
「実は戦争が終わって門ができるという話が出てから実際に整備するのに時間も人も足らなくてね、私の父が司令官になる予定だったんだが、戦争で負傷したため代わりに高等な血筋の私が選ばれたんだ。アイザックが司令官に選ばれなかったのは家で色々問題があったからという感じかな…。」
ユリウスはアイザックについて何か言い淀んだが、話たくないのかと気を利かせてリュカは深くは尋ねなかった。
「そういうことで、バルデン国には明確なリーダーはいなくて、7族の代表が手を合わせて運営しているんだ。争いは多いけどね、みんなもう大人だからある程度のことは目を瞑り合っているよ。」
それで国が成り立っているなんてすごいなとリュカは「へー」と声を上げた。
「おや、話ていたら着いたようだ。」
ユリウスに言われ、馬車のカーテンをそっと開け外を見ると田畑だった風景が活気の良い街に移り変わっていた。建物は屋敷の近くのものと雰囲気は似ているが、店数が多く花屋や果物屋などのワゴンショップもあり人通りがかなり多い。馬車が止まるとユリウスは当たり前のように先に降りてリュカをエスコートする。先ほどの話を聞いた後に高貴な人にこんな真似をさせても良いものか迷ったが、断れず手を取って馬車から降りる。
「リュカ、あっちへ行ってみよう。」
馬車を降りるとユリウスは子どものようにはしゃいだ声でリュカを呼ぶ。こんなにはしゃぐユリウスを見たのは初めてで、自分と街に来て楽しんでいてくれていることに喜びを感じた。




