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第三夜(3)

ノロノロといつもより遅く帰宅したリュカは、夕食を摂る気にもならなかったが何か口に入れようと、食堂の裏手にある厨房へと入っていった。厨房に入ると休憩中なのか三人のメイドが談笑していたが、リュカの姿を見て驚いて立ち上がった。


「いけませんリュカ様、このような所に入って来ては…。」

「僕は居候させてもらっているだけだからそんなに畏まらないでください。ちょっと食欲がなくて今日の夕ご飯は自分で作ろうと思って。」

「仰っていただければお作りしますのに。」


 メイドの言葉を無視し鍋や食材を用意し始めるリュカの後ろで、メイドたちは何か出来まいかとソワソワする。


「そうだ。手伝わなくて良いので、ちょっと相談に乗っていただけませんか。」


 手持ち無沙汰なメイドたちが可哀想でリュカは提案した。


「もちろん。私たちにできることならなんでも。」

 3人のメイドは大きく頷く。

「じゃあ最近、体に不調はないですか?どんな些細なことでも良いです。」


 リュカは吸血鬼が悩むこととは何か、根本的なことが気になりメイドに質問した。メイドたちはリュカの問いに少々考えたが、すぐに笑い始めた。


「リュカ様。私たちは頑丈で有名な吸血鬼ですよ?それに並の吸血鬼より頑丈でなければここで働いていられません。」

 ねー。とメイドたちは顔を見合わせる。

「そう…ですよね。やっぱり吸血鬼さんには薬局なんて必要なんてないか…。」

 リュカはメイドたちに聞こえない声でポツリと言った。


「質問に答えていただきありがとうございます。」


 リュカは笑顔で礼をし、気を取り直して料理を続けようとした時、一人の若いメイドだけ手先をさすり俯いているのをリュカは見逃さなかった。


「あの、どうかされました?」


 リュカが聞くとそのメイドは自分の行動を見られていたことに気がつき慌てて手を後ろに隠した。


「手、どうかしました?怪我?なんでもいいんで教えてください!」


 メイドの様子から何かあると確信付いたリュカは前のめりになって尋ねたが、メイドは引き気味に半歩下がる。しかし意を決したような顔つきになり話始めた。


「あの、本当に些細なことでも相談していいのでしょうか。」


 メイドのオズオズとした聞き方に他のメイドも興味を抱き始めた。


「大丈夫です。むしろ小さいことを放置して大病になる方が怖いですからから。」


 リュカは相手を安心させようと柔らかな口調で言い、メイドに手を見せるよう促した。メイドは少々恥ずかしがりながらもリュカに手を差し出す。差し出された手をよくよく観察すると、指の節の辺りがほんの少しだが赤く血が滲んでいた。


「いつからこうなっていますか。」

「幼い頃から水仕事をするとこうなることがあったんですがすぐに治っていたんです。けれども最近は治るのが遅く、血も出るようになって…。」


 診察を終えると、リュカはちょっと待っていてくださいと厨房を出て行くと、すぐに走って小瓶を手に戻ってきた。


「僕もよく手荒れするんです。特に今みたいな冬の時期は。これは手荒れを良くする軟膏です。どうぞ。」

「ありがとうございます…。」 


 リュカは小瓶に入った軟膏をメイドに手渡した。


「乾いた手によく塗り込んでください。冷たい水と乾燥によってひび割れているんだと思います。治りにくいのは栄養不足が原因かも…。もし効果がなかったらすぐに僕の店にきてください。もっと詳しく診察しますんで。…って僕の店の勧誘になっちゃいましたね。すみません。」


 リュカは頭を掻き申し訳なさそうに笑った。リュカの解説を聞いていた3人はポカンとした表情を浮かべていたが、だんだんと笑顔になり賞賛の言葉をリュカに投げかけた。


「すごいじゃないですか!リュカ様!お医者様みたい!」

「やぁねぇ。リュカ様はとっくにお医者様よ。」

「こんな小さいことでも相談していいんですね!」

「そういえば最近腰が痛いんですけどこれも解決できますか?」

「街にいる友達も悩んでて、リュカ様のことを教えなくっちゃ。」


 メイドたちは興奮のあまり話が止まらない。リュカはメイドたちの勢いに圧倒されてしまった。


「と、とにかく、どんなことでも相談してください!お店に来れない時は僕が屋敷にいる時でもいいので。」

「はい!」


 三人は元気よく挨拶をすると、仕事の時間のようで厨房を後にした。静かになった厨房でリュカは鍋に野菜を入れてスープを作って食べた。まだここに来て一人だが困っている人を助けることができ、喜びと安堵でむず痒い気持ちになった。


 翌日店に行くとやっぱり誰もいなかった。しかしもう諦め付いてしまったため、できることだけはやりきろうと、息を吐いて店の看板をクローズからオープンに変えた。


 最初は薬研で薬草をすりつぶしたり、汚れてもいないのに店内を綺麗に掃除したりと暇を潰した。しかし次第にやることも無くなり、カウンターに肘を突き船を漕ぎ始めた時だった。カランカランと軽快な音と共に店の扉が開いた。ハッと目を覚まし扉の方へ見やると、若い女性の吸血鬼が立っていた。


「い、いらっしゃいませ!」

 突然の来客で声が裏返る。

「あなた。ユリウス様のお屋敷に住んでるのよね。そこで働いている子に紹介してもらったんだけど、診てもらえるかしら。」


 紹介。手荒れで悩んでいたメイドの友人だろうか。確か街に友人がいると言っていたような。否、そんなことより診察しないと。とリュカは気持ちを切り替え、丁寧に彼女の話を聞き、病状に合った薬を処方した。彼女は喜んで店を後にする。やっと自分の思い通りの仕事ができてリュカは声にならない喜びの声を上げた。


 翌日も最初は客が来なかったが、噂を聞いてきたと数人訪れた。そして次の日も、また次の日も店を訪れる者が少しずつ増えていき、ついには朝早くから開店を待つ吸血鬼で行列ができた。一人一人に合った薬を丁寧に調合するため、息を吐く暇もなく多忙な毎日となったがリュカはイキイキと毎日働いた。


 一ヶ月後。リュカは麻袋を持ってユリウスの執務室の前に来ていた。おかげでギリギリだが家賃分のお金が貯まり、今からユリウスに支払う所だ。追い出されないで済むためリュカは安堵で笑顔が溢れる。しかしこれからユリウスに会う。緩んだ顔では会えないため、片手で頬をつねった。


「ユリウスさん、失礼します。」


 キリッとした表情で扉をノックすると中からユリウスの返事が返ってきた。ガチャリと扉を開けると、机の両端に分厚い書類を囲み仕事をしているユリウスがいた。


「お忙しいところすみません。家賃が貯まったのでお支払いに来ました。」


 リュカは家賃の入った麻袋をユリウスに差し出す。するとユリウスは今まで見たことのないような気の抜けた表情をしていた。しかしすぐさまいつもの柔らかい笑顔に切り替わる。


「いや、すまない。驚いたな。本当にやってのけるとは…。」


 ユリウスは口元を手で隠しながらククッと笑う。リュカはキョトンとして立ち尽くす。


「すまない。君の能力はもちろん素晴らしい。天才だ。しかし私は自分の目で見ないとどうも信じられなくてね。家賃を少し高く設定したんだ。君の実力を知りたくてね。目標は高い方が燃えるだろう?あぁ、でも大丈夫。到達しなくても追い出す気はなかったよ。」


 あの高い賃料はユリウスの策略だった?ユリウスの言ったことを徐々に理解するうちに、リュカは脱力感と怒りを覚えた。


「なんですかそれ!僕がどんな思いでこの一ヶ月過ごしたか!」

「君は実力はあるが、どう吸血鬼たちを魅了していくかとても興味深かったんだよ。」


 ユリウスはリュカが怒っても飄々としている。


「賃料は今回の働きぶりを見てもう少し安くするから許してくれないかい。それとこれからお詫びに美味しいケーキを食べよう。」

「許せません!ケーキなんかで釣られませんよ!」

「これは困ったお方だ。」


 怒った顔のままのリュカに対してユリウスは立ち上がり、ヒョイとリュカを抱き上げた。


「え!何してるんですか!」


 リュカは急な展開に驚き、ユリウスの腕の中でジタバタと暴れる。


「リュカには怒った顔は似合わないから。機嫌は治ったかな。」


 ユリウスは目尻を細めて微笑む。リュカはこの顔を見ると心臓がギュッとなり体が熱くなる。


「仕方ないですね。僕はフルーツタルトがいいです。」

「なんでも好きなものを用意させよう。」

 ユリウスはリュカを抱えたまま執務室を後にした。

 


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