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第三夜(2)

「リュカ、もう行けるかい。」


 ホールで待っていたユリウスがリュカの姿を見つけると柔らかな笑顔を見せた。彼の前では普段通りにしなくてはと、リュカはアイザックに言われたことを頭から振り解いて元気良く返事をする。


「ここから歩いて20分。少し遠いのがネックだね。」

「僕、箒に乗れなくていつも徒歩移動だったんで平気です。」


 二人は会話をしながら店へと向かった。ユリウスが言った通り20分後、街中にあるリュカの店の前に到着した。外観は以前見た時とあまり変わらないが、扉の上に『ファルマシー・リュミエール』と看板が付いていた。


「勝手に名前を考えてすまない。君の名前と同じ光を表す名前にしてみたんだ。我が国の光となってほしくてね。」


 ユリウスの説明を受けて、なんだか恥ずかしくも、自分の店を持てたという実感が湧き出した。


 中に入ると内装は以前の設備を生かしつつさらに使い易いよう棚が増えており、カウンターの横には簡単な診察スペース。カウンターの裏には以前は壁がありその向こう側は菓子を作る場所だったのだが、そこが薬の調合室になっていた。そしてその隣にも小さな部屋があり、ちょっとした休憩スペースがある。調合室にはラビントス国でも最先端の調合器具が揃っておりリュカは目を輝かせた。


「わぁっすごい!これずっと欲しかったやつなんです!ありがとうございます!」


 部屋の隅々まで見て回って感動と興奮が織り混ざっているリュカを見てユリウスは満足そうな顔をした。


「この店は最近空き家になってね。父がいち早く確保してくれたんだ。あぁ、私の家系は代々不動産業を生業としていてね。」


 ユリウスは店を確保した経緯を話ながらリュカに近づく。すると一匹の蝙蝠がユリウスの元へ飛んで来たかと思えば、一枚の紙をユリウスに渡してまた飛び去っていった。その様子をリュカは不思議そうに眺める。


「全部私が出せればよかったんだけど、賃貸にしろと周囲がうるさくてね。」


 ユリウスが先ほどの紙を見てすまなそうな表情を浮かべる。その様子にリュカは何か嫌な予感がした。


「最初は大変だろうけど、来月からこの値段を賃料として納めてくれないかな。」


 そう言いながらユリウスは紙をリュカに手渡した。リュカは震える手で紙を受け取り隅々まで読み込んだが、とんでもない金額に立ちすくんだ。アイザックの言う通り早々に店を畳むことになりそうだ。

 

 

 

 翌日からリュカは薬局のオープン作業で大忙しだった。店の中でまだ荷解きの終わっていない薬品や薬草を出しては収納したり、薬草の調合をして薬を作ったり、ユリウスが揃えてくれた器具の整備などをしているうちにリュカがバルデン国に来て1週間が経った。この一週間リュカは休む暇がなかったが、それはあの高い賃料を稼ぐためなるべく早く店をオープンさせたかったのだ。まさか無料で店を持てるなんて思っていなかったが、あの賃料もリュカが思っていなかった額だった。


「はぁ、なんとか明日オープンできる。」


 リュカはやるべきことを全てやりきり、遂に明日から店を始めれることになった。疲れ切った体を自室のベッドに預ける。メイドが寝具を取り替えてくれるお陰で布団はいつもふかふかだ。


「明日はお客さん来てくれるかな…。いやでも健康なのが一番だけどね。」


 リュカの疲れ切った瞼が徐々に下がり、遂に完全に閉じられ、呼吸も忘れるほど深い眠りについた。


 翌日、期待と不安の気持ちに押しつぶされそうなリュカは朝食もほとんど喉を通らないまま店へ向かった。今日は雲が多く月も隠れいつも闇の中の魔界がより一層暗く感じる。もう何度も行き来している道を行くと、どんどん人が多くなる。街が近いからではあるがそれにしてもいつもより多い気がする。しかもこんな朝早くに。街に入るとさらに人通りが増えた。街で何かあったのだろうか。リュカは人混みの根本が知りたくて早足で店の方へ向かった。するとどうやらこの人混みはリュカの店の方へ流れているらしい。リュカは期待でさらに歩を早める。店に着くと、まだオープン時間より前なのに店の前には大行列ができていた。まさか自分の店にこんなに人が集まるとは思っていなかったので、「わぁ…。」と感嘆の声が漏れ出てしまった。しかし客を待たせる訳にはいかないので人混みを掻き分け店内に入った。店内に入るとコートを脱ぎ新品のエプロンを身につける。次に薬の最終チェックをし、店の扉に掛けられているクローズの札をオープンに変えた。店が始まると客たちは我先にと押し寄せてきた。


「これは何に使うの?」

「食べ物じゃないのかい?」

「ここはどういうお店なの?」

「あの、順番に伺うので順番にお待ちください!」


 客たちは興味津々に薬品の入ったショーケースを見たり、干してあった薬草を触ったり、口々にリュカに質問をするため、リュカは休む暇もなく客の対応をし、気がつけば閉店時間となっていた。客が帰った後リュカはぐったりと薬の調合室にある椅子に座り込んだ。


「すごい人だった。」


 リュカは溜め息をついたが、これは疲れだけによるものだけではない。あんなにたくさんの客が来たにも関わらず、売れたものはのど飴が数袋のみであったからである。皆新しい店には興味があったが、頑丈な吸血鬼たちは薬や医療についてはなんの関心もないと言うか、ここがどういう場所か理解していないようであった。翌日もリュカが店に行くと、リュカの店に興味のある吸血鬼で行列ができていたが昨日と同じ結果。その翌日は少し人数が減って同じ結果。また翌日は更に人数が減りのど飴すら売れなくなった。そして今日。朝から客が来るのを待っているが、遂に吸血鬼の関心がなくなったようで閑古鳥が鳴いてしまった。


「どうしよう!このままじゃ家賃が払えない!アイザックさんの言う通りになっちゃう!チラシ作り?勧誘?何をしたらいいんだ!」


 不安でパニックになったリュカは店内をうろうろ歩き回った後カウンターにもたれ項垂れた。


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― 新着の感想 ―
笑ってる場合じゃないんですけど、吸血鬼たちの新しいものへの純粋な興味…そして瞬く間にその興味を失う…という素直な反応が可愛らしくて、つい笑っちゃいました。 先行き不安ですが!!リュカ、ここでどんな風…
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