第三十五夜(3)最終回
「はーただいま。いや間に合ってよかった。」
アイザックはネクタイを緩め執務室に入ってきた。その姿をサラは目で追う。
「リュカとどうなったんですか。」
「リュカと?いやどうにかっていうか誤解を解きに行っただけだから。」
「誤解…?」
「ほら、僕はリュカに告白するつもりはないって前に言っただろう。リュカも鈍感だし気づかれないように片想いを楽しむつもりだから。まさか酒の勢いで告白するとは思わなかったよ。だから急いで誤解を解きに行ったんだ。あれは酒に酔ったせいで冗談だって。」
「誤解を解きに行った…?冗談?」
相変わらず飄々としているアイザックに対し遂に堪忍袋の緒が切れたようでサラはゆらりと立ち上がりアイザックの机に移動する。そしてバンと机を叩きつけた。サラの力で机は少し歪んでしまった。
「リュカが鈍感?片想いを楽しみたい?よくそんなことをヘラヘラして言えますね。バカなんですか?」
突然サラに暴言を吐かれアイザックは目を丸くしている。
「私、あなたのこともリュカのことも一番近くで見てきたと思っています。リュカはただの鈍感な馬鹿なんかじゃない!あんたのことが好きなんですよ!ていうか前から言おうと思ってたんですけど、リュカが無反応だからってイチャイチャして今の状態を楽しみたいってなんですか。それでリュカが想いに気がついたら誤解だなんてどれだけ無責任なんですか!あの子はあなたに告白されて嬉しかったはずです。それなのに無碍にするなんてふざけてるんですか!?」
「リュカが僕のことを好き?いやいやそんなことはあり得ない。だってあんなに僕からアプローチしても気づいていない風だったのに。」
「ああもううざい!あんたにアプローチされれば誰だって好きになるわ!ていうかアプローチって何?やっぱり自分を見て欲しかったんじゃないですか!それを気づかないでほしいなんて無理があるわ!なんであの子なのよ!私の方が先にあんたのことを好きになったのに!私を見て欲しかったのに!それなのに遊び感覚で恋愛してむかつくのよ!!」
サラは遂にアイザックのネクタイを掴んでいた。興奮して息も上がっている。サラの言葉の後しばらく沈黙が続きアイザックは遂に口を開く。
「リュカは本当に僕のことが好きなのか?」
「そうですよ。本人は昨日自覚したみたいですけれど多分ずっと前から好きでしたよ。」
「こんな僕に好かれて良いのかなぁ。種族も寿命も違うし、意気地のない男だし。」
「もう腹括れよ。あんたが好きになった子でしょ。そんなこと気にしないはずです。」
「サラも僕のこと好きだったの。」
「ええまぁ。間接的に振られましたけどね。」
「うん。ごめんな。サラありがとう。」
「うわっ!?」
アイザックはネクタイからサラの手をそっと離しサラを抱きしめた。サラはされるがままアイザックの胸に抱かれた。アイザックから香る甘い香りにそのうち涙が溢れてくる。人の気持ちを知っておきながら、そして振っておきながら尚もこんなことをしてくるなんて本当にずるい人だ。だけどたくさん迷惑をかけられた分これくらいされても良いだろう。サラはアイザックの胸の中で静かに泣いた。
「さて、本当のことをちゃんと伝えに行こうかな。」
「ちゃんと告白して来てくださいね。そうしないと殴ります。」
サラはアイザックの胸から離れ、身なりを整えるアイザックを見守る。これで本当に自分の恋は終わるのだ。しかし今の感情は悲しいというよりスッキリしている。もう悔いはなくリュカの元にアイザックを見送れる。
「ありがとうサラ。自信がついたよ。」
「これで失敗したら私と付き合ってくださいね。」
「ははっそれはどうかな。」
アイザックは爽やかに笑って部屋を出ていった。サラは一人取り残されて振っていた手をゆっくりと下ろした。
「頑張れ。アイザックさん。」




