第二夜(4)
「吸血鬼という生き物は長生きが過ぎてね。四百年は普通に生きてしまう。しかも体が頑丈で病気や怪我なんてしない。いや、したとしても気が付かないんだよ。そのせいで手遅れになって命を落とす者も多い。あと問題なのは患者が少ないせいで医者が少ないんだ。これでは助けられる命も助けられない。そんな中君を見つけた。医学に精通している天才なのにどこにも行き場がなくなってしまった少年を。私は君に我が国を救って欲しくて呼んだんだ。どうだろう。まずはここで薬剤師として働いてみてはくれないだろうか。ゆくゆくは医者も兼業としてほしいな。」
ユリウスが話終えると部屋の中で静寂が続いた。リュカは今話されたことがつまりどういうことか頭の中で整理した。整理しながらリュカは部屋を見て回る。
「ここに自分の家から持ってきた本を置いたら良いかもしれません。店の奥は薬の調合スペースとちょっとした診察室にして…。」
リュカはだんだんとユリウスの言ったことを理解し始め、未来の自分の店のレイアウトを考え始めた。しかしユリウスはそんなリュカを見て一瞬顔を曇らせる。
「実はまだ話の続きがあって、実は先日ラビントス国の黒魔女様に謁見したんだ。そこで私は、君を我が国で働かせてくれないかと頼んだ。すると女王は喜んで君を授けると言ってくれた。だが、もう二度とラビントス国の国境を跨がないことを条件に出してきた。多分先日の事件が関係しているんだろう。君がここで働くことを了承したらもう二度と家には帰れない。」
リュカはじわじわと表情を真顔に変えついに俯いてしまった。やはりリュカにとってこの条件では了承し難いか。とユリウスはリュカが決断するからのを黙って待った。
「僕、知っていると思うんですけど魔力が少ないんです。箒にも乗れないくらい。」
長い沈黙の後、リュカは沈黙を破るようにポツリポツリと話始めた。
「でも医療に関することは全部学年一位で。でも誰もそれを評価してくれなくて。」
俯いて自分の手をいじりながら話すリュカの言葉をユリウスは静かに耳を傾ける。
「もう僕はあそこで誰の役にも立たないって諦めの毎日でした。でも、ここなら本当に僕を必要としてくれる人がいるんですか。」
リュカは涙を溜めた目でユリウスの方を見る。
「もちろん。少なくとも私は君に我が国に来て欲しくて堪らない。君の能力をあの国で潰されるのは見ていられない。君は天才なんだ。それは自信を持って良い。」
ユリウスはリュカの目尻に溜まった涙を指で拭い懇願した。
「ここで僕が生きていけるとユリウスさんが断言してくれるなら、僕はユリウスさんの言う通りにします。」
リュカは一呼吸をした後、まっすぐユリウスを見つめた。
「あぁ、君は必ず成功する。長く生きてきたが私は考えを誤ったことがないんだよ。」
「ふふっ。それは本当ですか?僕、やってみます。ユリウスさんが僕を選んでくれたんだから。やってのけます。」
リュカの決意が固まり、二人は強く握手を交わした。輝かしい未来のために強く。
「うわぁ…。」
もう遅い時間のため、ユリウス邸に一泊することになったリュカは、自分のために用意された客室に入り感嘆の声を上げた。
部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは白いレースの天蓋付きベッド。普段リュカが寝ているベッドの何倍もの大きさがあり何回転も寝返りが打てそうだ。さらに天蓋付きなんて本の中でしか見たことがなく、本当に存在するのかと感動した。
ベッドの向かいには小さな机と広々としたソファが置かれている。しかも部屋の中にあるドアを開くと広々としたバスルームが付いている。実家は家族共有のシャワーだけであったのに、個人用のバスルームまで存在していることに震えた。
「うちは仕事用の屋敷だから客室が狭いんだ。ごめんね。ちなみにリュカ君がうちで働くようになったらここで生活してもらうけど、こうして欲しいところとかあるかな。あったら直しておくよ。」
この広さで狭い?じゃあ広い部屋ってどれ位広いんだろうとリュカの頭の中は混乱した。
「い、いえ、十分すぎるおもてなしありがとうございます。むしろ僕なんかがこんな素敵な部屋で過ごせるなんてバチ当たりませんかね〜はは〜。」
リュカはヘラリと笑った。
「これからは我が国が良い方向に向かう舵となる存在を無碍にはできないよ。何かあったら呼び鈴を鳴らしてくれ。使用人が対応するから。それではゆっくりおやすみ。」
そう言うとユリウスはリュカの手を取り、指先に軽くキスを落とした。リュカはその行為に驚きビクッと体を震わす。そして部屋を出ていくユリウスを見送り、自分の指先を撫で、今の出来事を反芻しては顔を赤らめた。
「ねぇ〜えユーリちゃん。例の子すっかりユーリちゃんにメロメロね。」
ユリウスの執務室の中、机に向かって作業中のユリウスの周りを黒い露出の多いワンピース姿にピンク髪のツインテール、黒い大きな翼を持った少女がフヨフヨと浮かんでまとわり付いている。
「ユーリちゃん前から言っていたものね。医療に精通している人物が欲しいって。一体何に使うのかしら。」
「何に使うも何もこの国の民の健康を願っているだけだよ。」
ユリウスは目の前の書類から目を離さず答える。
「本当かしら。ユーリちゃんのことだから、こっそりお仕事に利用するんでしょう?そんなことがバレたら魔女と戦争になっちゃうね。まぁそれは悪魔として許せないけどな〜。」
「まだあの子がどこまでやれるかわからないからこの先どうなるかわからないし、本当に薬屋以外の役割なんて考えていないよ。それにあの子を連れてくると決めたのは私だけの意見ではない。黒魔女様の頼みでもあるし、他の一族にも同意は得ている。」
淡々と答えるユリウスに対して少女はつまらなそうにし、ユリウスの肩にかかる髪を編み始めた。
「ね〜ユーリちゃん。ユーリちゃんって嘘を吐くと片眉を上げるの。自覚してた?」
その時執務室の扉がノックされアイザックが入ってきた。
「この書類について聞きたいことがあるんだが…。今誰かこの部屋にいなかったか?」
アイザックは部屋中を見渡すがあの少女はアイザックの気配を感じ取ったのか消えてしまったようだ。
「いいや。この部屋にはずっと私一人だよ。」
ユリウスはニコニコと片眉を上げ笑った。
「そうか…。あ〜これなんだが…。」
アイザックは何者かの気配に気になりつつも質問を続け、その問いにユリウスは丁寧に答える。
一方その頃窓の外では先ほどの少女が不満そうに空中で腕を組みユリウスの様子を伺っていた。




