第二夜(3)
「ユリウス!来客の前ですまない。少し聞きたいことが…あっ!!」
ユリウスに話しかけた男はリュカを見ると急に大声を発した。リュカもその声で男のことを見やる。色味のない服装に大きなタレ目が特徴的なその男は、例の事件でリュカを助けてくれた吸血鬼のアイザックだった。もう一度会えたならあの時のお礼がしたいと思っっていたが、まさかこんなところで会えるとは思ってもいなかった。
「あの時の!あの、この間はありが…。」
「なぜお前がここにいる!」
リュカはお礼の言葉を述べようとした時アイザックは険しい顔をしてリュカに怒鳴りつけた。リュカは突然の出来事にその場で固まってしまった。
「ユリウス説明してくれ。何故こいつがここにいるんだ。」
アイザックはユリウスの目の前にツカツカと移動し攻め立てる。
「君には何度も話しただろう。この子を我が国で預かると。」
「僕は一度もその話に了承した覚えはない。」
「決定権は私にある。君の了承はいらない。」
リュカを放置し二人は険悪な雰囲気を醸し出している。身動きが取れなくなったリュカはただ冷や汗を流すだけだった。
「第一、こんなテロリスト疑惑のあった奴を置いて何が起こるか判らない。すぐにこいつを国へ突き返せ!」
アイザックの言葉にリュカは頭の先からさぁっと血の気が引いていくのを感じた。あぁ、この国でもテロリスト扱いなのか。手紙に書いてあったことは嘘じゃないか。本当にもう行く宛がなくなった。母さんがせっかく喜んでくれたのになんて言って帰れば良いのだろう。リュカは涙が溢れそうなのを、下唇を噛んで耐えた。
「君がなんと言おうと私は考えを曲げない。君も例の調査結果を見ただろう。この子はこの国の宝となる。私はこの子を信じたい。」
ピシャリと言い放ったユリウスは「行こう」とリュカの手を引き、メイドに上着を持ってくるよう指示した。メイドが言われた通り上着を持ってきてリュカに着せた。ユリウスとリュカが外に出るまでアイザックは横から文句を述べていたが、ユリウスは総じて無視をして外に出て扉を閉めてしまった。
「すまない。君に失礼なことをしてしまった。」
外へ出るとユリウスはリュカに対し跪き謝罪をした。リュカは自分にそのような格好をして欲しくなく慌てて立つように懇願したがユリウスはやめなかった。
「彼はアイザック・スタンといって私の従兄弟で補佐官なんだ。普段は良い奴で仕事もできる立派な吸血鬼なんだけど、少し人見知りなようだ。許してくれないだろうか。」
あれが人見知り?と突っ込みたくなるのを抑えてリュカは再度ユリウスに立つよう願った。
「僕は大丈夫です。アイザックさんに迷惑かけたのは本当のことですから怒られても仕方ありません。だからどうか謝らないで。」
ようやく立ち上がったユリウスは困った笑顔を見せた。が、次の瞬間には何か思い出したように笑顔を見せた。
「そうだ。リュカ君に見せないといけないものがあったね。アイザックのことは忘れて行こうか。」
そう言うとユリウスはリュカの手を引き歩き始めた。
屋敷を出たユリウスとリュカは歩いてポーチを抜け門を抜けた。そして先ほど通った住宅街を通っていく。その間もユリウスはリュカの手を握っていて、リュカは恥ずかしくて手汗が滲んでくる。気持ち悪いと思われたらどうしようと振り解こうにも強い力で握られているし、無理に振り解くのも失礼かとそのままにしておいた。
「あの、ユリウスさん、いったいどこに向かっているのでしょうか。」
「リュカくんは医学に精通していると聞いたけど、何か資格とか持っているのかい。」
ユリウスはリュカの質問は無視し質問を始めた。
「精通ってほどではないですけど、学校で魔法が使えなくても取れる資格はほとんど取りました。」
「例えば?」
「医療行為の許可資格と薬の製造資格や販売資格、禁薬の所持資格などですかね…。」
「例えばリュカくんは毒は作れるのかい。」
「毒も薬になる例もありますから、やりようによれば作れます。」
「それは怖いなぁ。うちで作らないでくれよ。」
「作りませんよ!」
二人は話をしながら歩いていく。いつの間にか住宅街を抜け馬車から見た街に入った。街に入った途端多くの人で賑わいだした。裾の広いドレスやつばの広い帽子を被っている魔族が多いためすれ違うのに気を遣った。
本屋さん、パン屋さん、果物屋さん…。様々なお店の前を通り過ぎた後急にユリウスが立ち止まりリュカの方へ振り返った。
「お待たせリュカくん。手紙の内容はこれだよ。」
ユリウスは自信に満ちた瞳で彼の右隣に建つ建物を見上げた。リュカもつられて見上げる。そこには白い壁に大きなウィンドウが二つ。その間に緑色の木製のドアが付いていた。そしてその上には白と緑のストライプのオーニングテントが張られている。
「ここは以前お菓子屋でね、ちょっと作りが可愛すぎるかな。」
ユリウスがリュカの反応を確かめるように顔を覗き込んだが、リュカは状況が読み込めないといった風にキョトンとユリウスを見つめ返した。
「あぁ!そういえばまだ話をしていなかったんだよね。ここはこれから改装して薬局にしようと思っているんだ。どうぞ中へ入って。」
ユリウスは空き家の中にリュカを招き入れる。中は空き家になってそう時間も経っていないようで綺麗である。
「量り売りの菓子を売る店でね、このたくさんの引き出し付きの棚とか、ほらカウンターもショーケースになっているし品物が見やすい、秤もある。薬局をやるにはぴったりなんじゃないかな。もし必要なのものがあれば可能な限り集めるし、君が購入して後から請求してくれてもいい。」
ユリウスは興奮気味に早口で部屋中を紹介してくれる。しかしやっぱりリュカは話が見えなくて、ユリウスの話を遮った。
「あの、ユリウスさん。やっぱりお話が見えないのですが…。ここが僕にどういう関係が?」
するとユリウスはポケットを漁り一つの小瓶を取り出してリュカに見せた。それはエメラルド色に輝いており、どこか見覚えがある。
「あ、それってアイザックさんに渡した傷薬…。」
リュカはあっと思い出し声を上げる。
「そう。アイザックがあの事件の日君に貰ってきたんだけど、彼、怖がりだから使わないで成分を調べたんだ。そしたらなんと。この国では精製されていない。いや精製できないほど高い効能の傷薬だったんだ。」
「いや、そんな、ラビントス国では伝統的な傷薬で…。」
リュカは謙遜したがユリウスは話を続ける。




