95 右手の王紋に懸けて、
答えないリズに神父が問いを重ねる。スクエアもリズのほうを見て、内心で早く答えて終わらせろと毒を吐いていた。
そう、この誓いの言葉に答えることで……肯定の返答をすることで、すべては確定する。確定してしまう。
たとえそれが表面的な言葉であったとしても、本音を押し隠した事務的な言葉だとしても、この場にいる全員がそれを聞き、証人となる。既成事実が成立してしまう。
しかし、だからといってリズには拒否する権利も、反抗心すら、いまは持てていなかった。
(……リズさん……)
(……リーゼロッテさん……)
夫人とヴォクス氏が固唾を飲んで見守るなか……リズが口を開く。
「……わたしは……」
彼女がすべてを決定する言葉を言おうとした、そのとき。閉じられていた教会の入口の扉がバン!と勢いよく開かれた。
「待ってください!」
「「⁉」」
リズやスクエアを含めて、その場にいた全員が扉のほうへと振り返る。そこにいたのは、昼間の眩い外光を背にして、肩で荒い息をする――。
「フォースさん⁉」
思わずリズが声を上げる。その言葉通り、そこにいたのは壮年の姿に変装しているフォースだった。
急いで走っていたのだろう、頬から顎に流れていく汗を腕で拭いながらフォースが言う。
「……どうやら……ぎりぎり……間に合ったようですね……」
スクエアが怒りの叫びを上げた。
「貴様! どういうつもりだ! いまは神聖な結婚式の最中だぞ!」
使用人達のほうへと向いて。
「おい! 早くあいつをつまみ出せ! 早くしろ愚図共!」
しかしその叫び声に言い返したのは、息が荒いながらもフォースの落ち着いた声だった。
「いいえ。糾弾されるべきはあなたのほうです。スクエア様……いえ、スクエア=ヴォクス」
「何だ貴様! たかが御者のジジイの癖にこの俺に刃向かうのか!」
「確かに私はヴォクス家の御者として雇われていますが、その前にこの王国の第一王子でもあります」
「何をデタラメなこと言ってやがる! 貴様はただの」
フォースが自分の顎に手を触れて、びりびりと変装魔法による表皮を剥がしていく。その下から現れた素顔に、その場の全員が驚愕の顔を浮かべた。
正体を知らなかった者達は、御者としてのホースが本当は王子のフォースであったことに驚き……正体を知っていた者達は、いまここで正体を明かして良いのかと驚愕する。
「な⁉ き、貴様は、その顔は!?」
スクエアもまた驚愕していた。まさかという焦慮の色が顔に表れていた。
フォースが右手を握りしめ、その手の甲がその場の全員に見えるように胸の横に掲げてみせる。
「私の名はフォース=オルト。この王国の第一王子にして、次期国王です。そしてこの右手の王紋に懸けて、リーゼロッテ様を不義の結婚から救い出しに参りました」
「……ッ⁉」「……っ……!」




