94 ……いったいどこに行っちゃったの……
「……なんか……悲しそうな顔してる……?」
「マリッジブルーというやつだろう。花嫁や花婿にはよくあることらしい。なあに、ヴォクス家だから大丈夫さ」
リズの表情に気づいてつぶやいたクラスメイトに、隣に座っていた貴族が言う。それを聞いたクラスメイトも、そういうものなのだと納得した。
相手は最高位貴族のヴォクス家なのだ。憂いや不安は一時的なもので、時間が経てば普段の調子に戻るだろうと。
リズのクラスメイト達や招待された貴族達がそんな感嘆や感想の言葉を口々に言っているとき、神父の前で待っていたスクエアもまた彼女の登場に気づいてはいた。その姿を目にしてもいた。
しかし……。
「ふん。馬子にも衣装とはこのことだな」
もはや男の心はリズから完全に離れていた。自分を馬鹿にした女など、たとえどんなに美しくても関係ない、ただの憎悪し嫌悪する対象でしかなかった。
スクエアにとってリズの存在は、自家の財産と権力を狙う害獣や害虫と同等の価値でしかなかったのだ。
男のそんなつぶやきを、近くにいた神父は耳にしていた。しかしまさか新郎が新婦を憎み嫌っているとは夢にも思っていないため、ただの聞き間違いだと思ってしまった。あるいはあまりにも綺麗な新婦を見て、思わず照れ隠しで言ってしまっただけだと。
とにもかくにもリズはスクエアの元まで歩み寄り、隣に並び立つ。彼女についてきていたヴォクス夫人やメイド長達は自分の席へと戻っていき、式の成り行きを見守り始めた。
「新郎のスクエア=ヴォクスと新婦のリーゼロッテ=ベルウッドでよろしいですね」
「はい」「……はい……」
神父の確認にスクエアとリズが答える。スクエアは堂々と前を向きながら、リズはかすかにうつむきがちに。
二人の返答に神父はうなずき、式の進行のための言葉を続けていく。それらの言葉を耳に聞きながらリズは思っていた。
(……いったいどこに行っちゃったの……フォースさん……)
礼拝堂のなかにフォースの姿は見当たらなかったのだった。ヴォクス家の使用人達が座る席には、おそらく彼が座るはずだったであろう空白がぽつりと、まるで落とし穴のように空いていた。
「新郎スクエア=ヴォクス、病める時も健やかなる時も妻を愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
……俺はこいつなんかを妻とは思わないがな……。内心でリズを見下しながら、表面的には紳士然とした態度でスクエアは答える。
神父は次にリズへと言葉をかけた。
「新婦リーゼロッテ=ベルウッド、病める時も健やかなる時も夫を愛することを誓いますか?」
「…………」
「新婦?」




