89 好きです
リズは言った。それまで我慢していた本音を。いままで言ってはいけないと自制していた本心を。
リズの気持ちは限界に近づいていた。
「わたし、嫌です! あんな人と結婚なんて! そんなことするくらいなら死んだほうがマシです!」
「っ! それはいけませんリーゼロッテ様!」
「じゃあどうすればいいんですか⁉ あの人と結婚して、死んだような毎日を、一生を生きろっていうんですか⁉」
「それは……」
「助けてください、フォースさん!」
「っ⁉」
リズが叫ぶように言う。事実、それは彼女の心の叫びだった。
「フォースさんはいつだって助けてくれたじゃないですか! フランソワーズさんのときのように、リリアンナさんのときのように、シャーロットさんのときのように、これも助けてくださいよ!」
そのときになって、ようやくのことでリズは自分の気持ちに気づいた。否、無意識、潜在意識では以前からそう思っていたのだ。
だがフォースの正体が分かるまでは年齢差を言い訳にして、正体が分かったあとは身分差を言い訳にして、気づかないようにしていたのだ。
フォースの胸に埋めていた顔を上げて、リズは彼の顔をまっすぐ見て言った。彼女の瞳には涙が潤んでいた。
「好きです、フォースさん」
「……!」
「王子さまだからじゃない。お金持ちだからじゃない。強いからでもない。あなたはとても優しくて、わたしが困ったときは助けてくれて、かといってわたしに気づかせることも恩を売ろうともしないで……そんな人知れない優しさを持つあなたが好きです。たとえあなたが王子さまじゃなくても、お金持ちじゃなくても、強くなくても……最初に会ったおじさんの姿だったとしても、わたしは好きになっていました」
「…………。……リーゼロッテ様……私は……」
フォースがなにかを口にしようとしたとき、閉じられている玄関の扉の向こうから足音が聞こえてきた。扉を開けて、一人の女性……回復魔法士の女性が顔を見せる。
「あ、リーゼロッテさんにホースさん、こんなところにいたのね。エリザベス様がお待ちですよ。明日の準備が色々あるのですから早く来てほしいって。……って、リーゼロッテさん、泣いてるの? どこか怪我したの?」
女性が近づいてこようとするが、それより早くフォースはリズから離れると彼女に背を向けて玄関へと歩いていく。
「…………いえ、目にゴミが入ったようで、それを取ろうとしていたのです。なかなか取れないようで、私も近寄って様子を見ていました……」
それはフォースの言い訳だった。リズが自分のすぐそばにいた言い訳を女性にしたのだ。あるいは自分への言い訳として。
リズに振り返ることもせず、フォースはそのまま玄関から屋敷に入ると、
「……私は先にエリザベス様のところに行って、明日の準備を手伝ってきます。リーゼロッテ様のことはお願いします」
「それは別にいいけど……」
「それでは……」
フォースが廊下を進んでいく。その背中を見送った女性がリズを見た。
「何かあったの?」
「…………」
リズは答えず、いつまでもフォースの背中を見つめていた。
……置いていかないで……。
リズはいつまでも見つめていた。
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