88 怖かった
「スクエア様、なぜ私が離したのにご自分から掴んでくるのですか?」
「黙れ! テメエみてえな生意気な使用人は一度痛い目に遭わせないと気が済まねえんだよ! この俺様に二度と反抗しねえようにな!」
「お怒りをお鎮めください。スクエア様は現状のご自分の言動と行動を理解できておられません」
「黙れってんだよ!」
スクエアがフォースへと拳を振り抜いた。……が、その拳はフォースの顔面に到達する前に、フォースの手によって受け止められてしまう。
ぐぐぐと、フォースがスクエアの拳を下ろしていく。その力に、スクエアの額や頬に脂汗が浮かんだ。
「テメエ、この力……⁉」
「落ち着いてください、スクエア様。でなければヴォクス様とエリザベス様をお呼びしなければならなくなります」
「……⁉」
「そうなれば、しばらくは外出が禁じられてしまうでしょう。スクエア様の私室から出ることも制限されるかもしれません。それでもよろしいのですか?」
外出ができなくなれば、街にいる女性と会うことができなくなる。私室から出ることも制限されれば、屋敷内のメイドに逢い引きすることも困難になる。
フォースの言葉に、それらの意味を暗に悟ったスクエアが舌打ちをした。
「……チッ……覚えとけよクソジジイ!」
スクエアはフォースの首元から手を離すと、
「オラ! 邪魔だどけクソ共が!」
身体をどけるリズとフォースの間をずかずかと通って、門のほうへと向かっていった。しかし一度二人のほうへと振り返り、
「クソ執事! 早く馬車を持ってきやがれ! クビにするぞ!」
リズとフォースが玄関のほうを振り返ると、いつからそこにいたのか、顔面蒼白の執事が立っていた。その執事が慌てて馬車置き場へと駆け走っていく。
もしかしたらスクエアとリズの会話も聞いていたのかもしれないが、その執事はなにも言わず、なにもせず、震えながらその成り行きを見ていることしかできなかったのだろう。
そして一分もしないうちに馬車が急いでやってきて、スクエアを乗せると開いた門から外へと走り去っていった。その馬車が見えなくなるまで、リズとフォースはその後ろ姿を見送っていた。他の誰かには騒ぎは知られなかったらしく、その場にはリズ達二人しかいなかった。門横の詰所にも、偶然にもいまは誰もいなかった。
視界から馬車が消えたのを確かめてから、フォースがリズに心配そうな声をかける。
「大丈夫でしたか、リーゼロッテ様? お怪我はありませんか?」
「…………」
「いったいなにがあったので……」
「……っ」
フォースが事情を尋ねようとしたとき、リズは彼へと抱きついた。
「っ⁉ り、リーゼロッテ様……⁉」
「怖かった……! 本当に怖かったんです……!」
「……リーゼロッテ様……」




