8 強大な一族
リズはおそるおそる、言葉遣いに慎重になりながら言った。
「あの、いまは一夫一妻が一般的ですし、奥さんを何人も持てば、スクエアさんやヴォクス家の方々はあらぬうわさを立てられてしまうのでは……?」
「一夫多妻や重婚をすること自体が、ヴォクス家の立場を危うくしかねないと言いたいのですね」
「…………」
「一般庶民である貴女の感覚ならば、そうなのでしょう。しかし残念ながら、ヴォクス家の権力と財力は、その程度で崩れるほど脆くはないのです」
公爵家は爵位を持つ血統のなかでも、最高位に近い力を持っている。それこそ、やろうと思えば、ちょっとした犯罪や悪行をもみ消せるくらいには。
「つまり、スクエアが重婚や一夫多妻をおこなったとしても、ヴォクス家の力には何ら影響はないのです。だからこそ、スクエアは好き勝手にやって、みだりに婚約者を増やしたわけですが。……貴女の言うように、私の夫も含めて、もはや一夫多妻や重婚はしてこなかったというのに……」
エリザベスは溜め息を吐いた。はたしてそれはなにに対する溜め息だったのか……息子の不埒で無計画な行動に対してか、それともヴォクス家の強大な力に対してか……リズには分からない。
「あの……どうしてこのようなことをわたしに言うのでしょうか……?」
リズはエリザベスに聞いた。それほどに強大な一族の一人が決めてしまったことなど、異世界からの転生者であることを除けばただの庶民であるリズにはどうしようもないことなのに。
「…………」
エリザベスは依然鋭い目つきでリズを見据えて、答えた。
「……これはただの説明です。状況をまだ理解しかねていた貴女に、自分がどのようなことに巻き込まれているのかを理解させるための。……それだけに過ぎません」
「…………」
「あくまでヴォクス家現当主の妻としての、私の役割です。……私個人としては……」
そのとき馬車が停まった。エリザベスが窓に目を向けて、リズもつられて窓外を確かめる。話に集中していて気づかなかったが、すでにヴォクス家の大きな鉄格子の門の前に到着していた。
「どうやら着いたようですね」
エリザベスがつぶやくと同時に、ドアが開く。エリザベスは立ち上がってドアをくぐると、ドアそばに控える御者の横を通りすぎて地面に降り立った。
「彼女を彼女らのところまで案内しなさい。あとのことは任せます」
「かしこまりました」
御者にそれだけ言うと、エリザベスは後ろを振り返ることもなく、門横の詰所にいた使用人が開けた門を通って屋敷へと歩いていってしまった。
エリザベスのその後ろ姿を見送ることだけしかできなかったリズへと、御者が声をかけてくる。
「リーゼロッテ様、手をお貸ししましょう」
「あ、ありがとうございます……」
御者が差しのべてくる手を取って、リズは馬車の外へと降り立つ。
……もしかしたら馬車の降り方を知らないと思われたのかもしれない……。手を離したあとに、リズは御者にそう思われたのかもしれないと気づいて、恥ずかしさが込み上げてきてしばらく彼のほうを見ることができなかった。
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