76 王子への不敬罪
思わず笑いをこぼしてしまった口元を引き締めて、フォースは再び顔をシャーロットへと戻すと、自分の顎の辺りへと手を持っていった。昨日リズに見せたときのように、びりびりと自身の顔の上に重ねていた変装を破いていく。
「……っ⁉ あ、貴方は……っ⁉」
現れた素顔に、シャーロットおよび恋人が驚愕の表情になる。ただの壮年の御者だと思っていた男性が、自国の王子の顔を現したのだから無理もない反応だった。昨夜、リズもまた同じ反応を示したのだから。
「ふぉ、フォース様⁉ な、何故……⁉」
困惑しきったシャーロットとその背後にいる恋人へと、フォースは厳格な声で言い渡した。
「私はこの王国の王子、フォース=オルト。これがその本人たる証拠です」
フォースが右手を自分の胸に当てる。シャーロット達に向けられているその手の甲に、それまでなかった王家の紋章の光が浮かんでいた。
「アスト家令嬢、シャーロット=アスト。いまの貴女の私へのおこないは、王子への不敬罪にあたります」
「……っ!」
後ろにいた恋人が叫んだ。
「ま、待ってください! 彼女は貴方が王子殿下であることを知らなかったから……!」
フォースが厳しい瞳を恋人に投げた。
「関係ありません。仮に関係あるとしても、やはり他人に暴行を働いた事実には変わりない。シャーロット=アストには厳格な処罰をくだす必要があります」
「「……っ!」」
シャーロットと恋人がびくりと肩を微動させたなか……リズだけは口を閉ざして沈黙を貫いていた。彼女は彼を信じていた。彼ならば失敗しないと……彼のこれらの言葉の先にある決定こそ、シャーロットと恋人を、のみならずその家族までもを救い出せると信じていた。
そしてフォースが言った。
「シャーロット=アスト。貴女には追放の処罰を与えます。スクエア=ヴォクスとの婚約も無効とし、王都から離れた遠方の地で惨めな生涯を送るのです。また私に口答えした貴女の恋人も、貴女と同じ地に流刑にしてやりましょう。王族である私に逆らったのだから当然の報いです」
「「……っ……⁉」」
「なんですかその顔は。私に不服があるというのですか? よろしい、そのような生意気な態度を取るのであれば、貴女達の家族も貴女達とともに同じ場所に追放してやりましょう。そして今後一切スクエア=ヴォクスに近づくことも関わることも禁じます」
「「…………」」
シャーロットと恋人は唖然としていた。ぽかんと口を開けて、鳩が豆鉄砲でも食らったような顔になっていた。予想外の事態に、とっさにはなにも言い返せない様子だった。
そんな彼らに背を向けて、フォースがリズの元へと近づきながら言う。
「行きましょう、リーゼロッテ様。もうここには用はありませんから」
「……そうですね」
リズもまたシャーロット達に背を向けて、フォースとともに元来た道を歩き始める。そんな二人に後ろから声がかかった。
「「あ、ありがとうございます……!」」
シャーロット達は深々と頭を下げて、その瞳からは涙を流していた。リズとフォースはちらりと振り返って二人を一瞥し……フォースが再び前を向いて真面目な声で言った。
「……なにをわけの分からないことを。さあ、行きましょう、リーゼロッテ様」
再びフォースが歩き出し、リズも少し遅れて歩き始める。背後のシャーロット達は、暗闇に包まれた森のなかで頭を深く下げ続けていた。
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