63 ヴォクス家の来客用寝室にて
夫人がフォースに言う。懇願ではなく、ヴォクス家現当主の夫人としての威厳と正義を湛えた顔つきと眼で。
「今後、何事もないのが一番だということは分かっています」
しかし心のうちで夫人はこうも思っていた。……弱音を吐くことが許されるなら、例え何かあったとしても、フォース様や王家には温情ある判断をしてほしい……。と。
だが、それを口に出して言うことはできなかった。ヴォクス家としての誇りや威厳があるからではない、その言葉を言ってしまえばフォースを困らせてしまうと思ったから。いざというときの判断を鈍らせてしまうと危惧したから。
だから。夫人が言った言葉は。
「……だから、信じてください、フォース様。私と私の夫とヴォクス家を……そして可能な限りスクエアのことを」
それは自家の御者に対する命令ではなく、王家のフォースに対する依頼だった。フォースはうなずいた。
「……ヴォクス家御者のホースとしてではなく、王家第一王子のフォースとして答えさせていただきます。ヴォクス夫人、私は貴女の言葉を信じます。ヴォクス氏の判断を信じます。スクエア=ヴォクスの心を信じます」
誠意を示すように、フォースが自分の胸に右手を当てる。
「……ありがとうございます……」
安堵したというように目を閉じながら、ヴォクス夫人は礼を述べた。
○
「……はぁ……」
ヴォクス家の来客用寝室にて。ぽてりと、大きなベッドに横たわるリズが溜め息を吐いた。脳裏には先ほどの会話が再生されていた。
『今日はもう遅いですし、リリアンナの襲撃のせいで疲れているでしょう。今夜は泊まっていってください、リーゼロッテ様』
ヴォクス夫人はリズを労るようにそう言った。心身ともに疲れているのは本当だったし、ホースが実は王子だったことなどの事実が明かされて頭を整理する時間もほしかった。しかし……。
『え、でも……』
高位貴族のヴォクス家に宿泊しても良いのかと、リズはせっかくの申し出を躊躇してしまった。夫人が好意で言ってくれているのは分かってはいたのだが、それでも自分なんかが泊まって良いのかと。
『遠慮なさらずに、ぜひ。明日の朝、すぐにリリアンナの処遇を知らせる為にも』
『……っ』
婚約者の座から引きずり下ろすためにリズを狙ったリリアンナ……おそらくその処遇は、フランソワーズのときと大差ない結果になるだろう。遠方に追放されて、王都にもヴォクス家にも近寄ることができずに一生を終える……そんな結末。
夫人は続けて言う。リリアンナに対する自分の考えを。
『おそらくリリアンナ自体は、他の二人も前々から狙っていたのでしょう。しかし二人とも貴族の令嬢ですし、他の婚約者から狙われていることも予期していて、常に護衛がついていたのでしょうね』
フランソワーズには近衛の執事がついていた。シャーロットもそのような護衛がいたのだろう。
『またリリアンナ自身は、自分が腕の立つ戦士ですから。フランソワーズの小細工や策略も、彼女相手では分が悪かったのかもしれません』
力、イズ、パワー……そんな標語を掲げて、ちょっとやそっとの策略ならばリリアンナは力でねじ伏せたかもしれない。
『だからこせ、フランソワーズもリリアンナも、リーゼロッテ様を最優先で狙ったのでしょうね。庶民の娘なら護衛もいなく、簡単に引きずり下ろせると判断して』
『それじゃあ、もしかしたらシャーロットさんも……?』
『『…………』』




