60 以上のような理由から
夫人はフォースのことを依然ホースと呼び、敬称もつけていない。それは現時点においては彼のことを一国の王子ではなく、あくまで自家の御者として接しているからだった。
居住まいを正して、夫人が説明を始めた。
「ホースが我が屋敷で御者として働くことになったのは、彼自身の頼みももちろんありますが、彼の父親からの要請もあったからです」
「……フォースさんの父親……王さまが……?」
「ええ。いわく、王宮に住んでばかりで外に出たこともあまりなく、世間知らずな息子に社会経験をさせたい、とのことでした」
「…………」
リズはちらりとフォースを見る。確かに、数日前に彼とともに食料品店に行ったとき、彼はかなりずれたことや世間知らずな様子を見せていた。
あのときは、貴族の御者だからそうだと思っていたのだが……。
「フォース様もまた実際に働いて、世間や社会のことを知っておきたいとのことでした。我がヴォクス家が選ばれたのは、ヴォクス家なら任せられると王家から信用されていたのもありますが、いきなり庶民の職場や生活場所に送り込んでは多大な迷惑をかけてしまうだろうからとのことでした」
夫人が小さな息をつく。
「……正直に言えば、不安は確かにありました。しかしいまは仕事も覚えて、対人関係の接し方も学んで、使用人として信用できる人材に育ってくれました」
「……そう仰っていただけると恐縮です」
「しかし油断はしないように。人生、常に謙虚と学びを心がけなければなりませんよ」
「はい。肝に命じております」
「よろしい」
フォースに対して厳しくぴしゃりと言ったあと、夫人はリズへと改めて顔を向ける。フォースのときよりは柔和な声で言った。
「以上のような理由から、フォース様は我が屋敷で働くことになり、正体が知られて騒ぎにならないように名前と顔を変えたのです。ここで働いている間は、私も偽名を呼び捨てにし、他の使用人と変わらずに接するようにしているのです」
「……フォースさんのことを知っているのは、ヴォクス夫人以外にもいるんですか?」
「私の夫はもちろんのこと、リーゼロッテ様も先程お会いしたでしょうが、先程馬車で乗り合わせた者達が、ホースの正体を知っている者達です。御者長はもちろんのこと、執事長やメイド長、それと怪我や病気を治す為に身体を見る必要があるヒーラー……回復魔法士がそれにあたります。他にも数人、この屋敷に長年勤めて、私が信頼している者達にも、ホースの正体を知らせています。無論、特別扱いはせずに、他の使用人と同じように接するようにと言っていますがね」




