56 ちゃんと教えてくださいね?
そうしてリズはフォースのあとをついていくようにして、倒れたリリアンナの元まで近寄っていく。フォースがリリアンナの片腕を自分の肩に回しながら、なんとか身体を起こしていく。
「あ、手伝いますっ」
「ありがとうございます。身体の大きな方なので、倒れないようにお気をつけください」
「は、はいっ」
フォースとは反対側の腕を肩に回そうとしたが、体格的にリリアンナの腕をリズの肩に回すことはできそうになかった。なのでリズはリリアンナの割れた腹筋や鍛えた腰の筋肉に手を添えて、少しでもフォースの負担を軽減できるようにする。
「あそこの路地まで運びましょう」
「はいっ」
フォースが目で示したのは、一番近くにあった建物の間の路地だった。できる限り運ぶ時間を短くするためだ。
その路地までの距離はせいぜい二、三メートルほどだったが、それでもリズは運んでいる最中に、んしょ、んしょ、と小さな声をこぼしてしまっていた。普段から鍛えているらしいフォースは無言で普段通りの顔つきだったが、それでも頬にうっすらとした汗がにじんでいた。
時間にして一、二分くらいの運搬が終わり、二人はリリアンナの身体を路地の壁際の地面に座らせる。体格が良く、鍛え上げた筋肉を持つリリアンナの身体は、それ自体が支えになっているのか地面に崩れることはなかった。
「さて、次は馬車ですね」
「あの……」
頬の汗を手の甲で拭うフォースにリズが尋ねた。いま思い出したというように、心配そうな声で。
「そういえば、頬の傷は大丈夫ですか? リリアンナさんにつけられた……」
新しい変装魔法によって覆われてしまっているため、いまは見えなくなっている傷のことだ。
「そのことでしたら大丈夫です。低級魔法ですが、私は回復魔法を扱えるので、この変装の下ですでに治療を完了させています。大した傷でもありませんでしたから」
「よ、良かった……」
ほっとリズは胸を撫で下ろす。自分のせいでそうなってしまったこともそうだし、万が一その傷が化膿でもして、王子であるフォースに傷跡が残ってしまったらと不安になったのだ。
そんなリズをフォースは数秒じっと見つめたあと、思い出したように馬車へと目を戻しながら言った。
「それより馬車をなんとかしましょう。幸いいまはまだ誰にも見られていないようですから」
「そ、そうですね」
「リーゼロッテ様はここにいて、リリアンナ様が目を覚まさないか見ていてください。もしも目を覚ましたらすぐに教えてください。もちろん即座に逃げることもお願いします」
「わ、分かりました、王子さまのところまで逃げて、それで教えればいいんですねっ」
「はい、それで結構です。あと、私のことはホース、もしくはフォースでお願いします」
「え、でも……」
「いまはヴォクス家の御者ですので。フォースと呼ぶ際には他のかたがいないときで、ということもお願いします」
「…………、分かりました、でも、ちゃんと教えてくださいね? なんで御者をしているのかって」
「無論、承知しております」
そう答えて、フォースは壊れた馬車へと向かっていく。彼の姿を見送りつつ、リズはちらりとリリアンナのほうにも視線を飛ばした。
(……リリアンナさんも……たぶんこれで婚約破棄されることになる……)




