48 幻想と幻滅
……あんなおいしいハンバーグは初めて食べた……。前世でも現世でも、リズにとって初めての食体験となったのである。
嫌われるための演技をすることを、ついうっかりと忘れてしまうくらいのおいしさだった。ハンバーグを食べながら、思わず頬に手を当てて笑顔になってしまった……そのときの笑顔は、まさしく心からの偽りのない笑顔だった。
「喜んでもらえたようで何よりです」
隣を歩くヴォクス夫人が微笑みながら言う。彼女も、彼女の夫もまた、実においしそうに食べるリズを見て、うれしそうな笑顔を浮かべていた。まるで本当の娘を見ているような眼差しだった。
送迎馬車のそばには、すでに出発の準備を終えたホースが、ドアを開けて恭しく待っていた。その馬車の前へと到着して、ヴォクス夫人が真面目な顔に戻ってリズに言う。
「リーゼロッテ様、息子のことですけど」
「え、あ……」
婚約に関する真面目な話なのだと、すぐに分かった。
「息子は、貴女に対して理想を抱いていたようです」
「理想……?」
「ええ。貴女の相貌はとても可愛らしく、非常に美しい。だから、こんな素敵な女性が他の庶民と同じような挙動や言動をするわけがない。王族や高位貴族の深窓の令嬢のように、慎ましくおしとやかで、儚い花のように守ってあげたくなる……そんな夢にまでみるような素敵な女性という理想……幻想と言い換えてもいいかもしれません、スクエアはそれを貴女に抱いていたようです」
過去形だった。
しかしリズはそれには気づかずに。
「そんな……わたしは、そんな素敵な人間じゃありません。普通に暮らしてる、ごく普通の一般人です。本当ならヴォクスさんやヴォクス夫人と会って話をすることも、こんな立派なお屋敷に足を踏み入れることすら一生ないような……そんな普通の人間です」
「…………、息子は、それが分かっていないのです。だからこそ、庶民にとってはごくごく当たり前の仕草をした貴女に対して、戸惑い、幻滅したのでしょう。過度に抱いていた幻想が打ち砕かれた……息子にとっては、期待を裏切られてしまった気持ちになったのかもしれません」
「…………」
リズの計画は、スクエアに対してであれば成功していたのだ。スクエアだけならば、婚約破棄までは時間の問題だったかもしれない。
「スクエアが貴女に、いえ、貴女だけではなく他の女性に対してもですが、事あるごとに毎日のように言い寄っているのは、そんな幻想と幻滅が根底の理由にあるのかもしれません」
「……どういうことですか?」
「……スクエアは女性に対して過度な幻想を抱いています。美しい女性はかくあるべしだという。だから、言い寄った女性が自分の幻想通りでなかった場合……幻滅した場合、自分の理想を求めて、その理想通りの新たな女性を求めているのでしょう」




