46 むっとした顔
リズは内心どきりとした、やはり看破されていたのだ。そしてそんな彼女を、ホースがなにも言わずに真面目な顔つきで見つめていた。
ヴォクス夫人が続ける。
「ですので、これは私の一人言になりますが……この程度のことでは、私は貴女の婚約を破棄しませんし認めません。貴女が殺人などの犯罪に手を染めれば別ですが」
「そ、そんなこと……っ」
ヴォクス夫人がにこりと微笑んだ。
「これは一人言だと言ったでしょう?」
「……っ」
「それで一人言の続きですが……むしろ私は、貴女の先ほどの食べっぷりと飲みっぷりを見て、さらに好感を抱きました。確かにこの子はとても庶民的で貴族がするマナーや礼節をわきまえてはいませんが、その代わり裏表のない素直な子なのだと」
「そ、それって……」
「貴女の婚約事情云々はともかくとして、私は貴女と知り合えて良かったと思います。そして貴女のことをもっとよく知りたいとも思いました。息子の婚約者としてではなく、リーゼロッテ=ベルウッドという一個人として」
「…………」
リズはなんともいえない表情をしてしまう。ヴォクス夫人の言葉は素直にうれしい……だが、リズ自身の目的である婚約破棄からは遠のいてしまった感は否めなかった。
……嫌われるためにした仕草が、まさかの逆に好感を持たれてしまうなんて……。
もしかして自分はそういうこと……いわば嫌われ役や悪役に向いてないんじゃないかとさえ思ってしまう。しかしリズは心のなかで首を左右に振って、自分を鼓舞するように身体の前で拳を握った。
(うぅん、リーゼロッテ、こんなことでめげちゃだめ。なんとしてでも嫌われて婚約破棄させてみせるんだからっ)
消えそうに揺らいでいた心の灯火をもう一度ぼっと燃やすのだった。
「リーゼロッテさん?」
心のなかではそのような思考を巡らせていたリズだが、はた目には口を閉ざしたまま固まったように見えていた。そんなリズを不思議に思ったヴォクス夫人が声をかけてくる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもないです、はい」
「……? そうですか。ところで、貴女はヴォクス家の一大事を助けてくれた方ですし、いつまでも他人行儀に名前をそのまま呼ぶのではなく愛称で呼びたいと思うのですが。リズさんというのはどうでしょうか?」
リズはこれだと思った。
リズはできる限りむっとした顔をしながら答える。
「お断りいたします。わたしは確かに家族や親しい友人などからリズと呼ばれていますが、ヴォクス夫人にまで呼ばれる筋合いはございません」
「…………」




