44 打ち解けた様子で
スクエアはやはり目を丸くしたまま、そばにあったナプキンをリズのほうへとおそるおそるといった様子で差し出していく。
「り、リーゼロッテさん、手が汚れてしまいますから、これで拭いて……」
しかしリズはそれを無視して、自分の近くにあったナプキンで手を拭うと、今度はティーカップの取っ手を持った。貴族がするような正式なマナーなど完全に無視した、いつも自分が普段している通りの……いわば庶民の普通の持ち方でティーカップを持って、ぐいと一息に飲み干していく。
「…………」
「…………」
スクエアとヴォクス夫人は、それを無言で見つめていた。しかし同じ無言でも、二人の様子はそれぞれ異なっている。
スクエアは呆気に取られたような、唖然としたような、口をぽかんとさせたような顔で。ヴォクス夫人は、ホースと同じように観察するような眼差しに切り替わった顔つきで。
かちゃんと、リズは飲み終えたカップをソーサーに置く。発せられた音そのものは小さく、リズのような庶民の日常生活では取り立てて気にするような音ではない。
しかしスクエアは、まるでものが壊れた音でも聞いたように、目を丸くしたままそのカップに視線を落としていた。リズがホースに言う。
「ホースさん、紅茶のおかわりお願いします」
「……かしこまりました」
ホースがティーポットを手にしてリズの元へと移動し、静かに紅茶をカップに注いでいく。注ぎ終わってすぐに、リズはまたカップを持って、それも一息でごくごくと飲んでいく。
またかちゃんとカップを置くと、リズは満足したような顔で口を開いた。
「とってもおいしいですね、この紅茶。あとケーキとドーナツもすごくおいしかったです。うちに持って帰りたいくらい」
「……それは良かったです、お口に合ったようで」
答えたのはヴォクス夫人だ。スクエアは落ち着かない様子でそわそわして、目もリズを見ずにきょろきょろしていた。
ヴォクス夫人が続けてリズに言う。まるで親戚の子供が遊びに来たみたいな口調と雰囲気で。
「よろしければ、あとでいくつかバスケットに入れてお渡ししましょう。ぜひご自宅でもお食べになってください」
「いいんですか、ありがとうございます」
「いえいえ。良い食べっぷりでしたよ」
「あはは、お父さんとお母さんにもよく言われました」
昨日の一件をともに過ごしたからだろう、リズとヴォクス夫人は打ち解けた様子で会話していた。しかしスクエアはそうではなく、ケーキにも紅茶にも手をつけずに居心地が悪そうにしている。
と、そこでスクエアは、いま思い出したというように言葉を挟んだ。
「そ、そうだった、すっかり忘れていたが夜に友人と会食をする予定があるんだった」
腕時計を見ながら慌てたように立ち上がる。
「いまから出ないと間に合わない、申し訳ないけど、母さん、リーゼロッテさん、僕はこの辺で失礼するよ」




