42 わたしだけを
少し遅れて馬車から出てきたスクエアが褒め称えるように言葉を発していた。
「さすがリーゼロッテさんだ。私の手を煩わせない為に素早く馬車から降りて、むしろ私のことを待ってくれているとは! どこまで素晴らしい女性なんだ、貴女は!」
「…………」
リズはちらりとスクエアに視線を向けた。呆れてものが言えないとはこのことか? スクエアはリズがしたことを好意的に解釈しているらしい。
(……どうせ他の女の人にも同じように言っているだけ……飽きたら、興味がなくなったら、フランソワーズさんのように忘れてしまうだけ……)
婚約者であることも忘れて、通信魔法で会話したはずのことも忘れて、別の新しい女へと興味関心を移してしまう。浮気性の軽い男。
リズのことですら、おそらくは他の女の代替に過ぎないのかもしれない。他の女に用事があったり会えなかったから、リズのことを思い出して会いに来ただけかもしれない。
あくまでただの憶測にすぎないことではあるが、リズにはそうであるという確信があった。いわゆる女の勘というやつだった。
リズの思いなどにはまったく気づかない様子で、スクエアは彼女へと近寄っていく。
「さあ、それではどうぞ、私についてきてください」
そう言ってリズのそばを通りすぎ、先導して屋敷へと向かっていく。しかしリズはそのあとを追おうとはせずに、前方を向いたまま、そばに控えるホースへと声をかけた。
「……わたしの家まで送ってもらうことって、できます?」
「…………」
一瞬の間。返答を躊躇する、逡巡の時間。そしてホースが返答してくる。
「……申し訳ありません。スクエア様がああ仰っていらっしゃるので……どうかお付き合いください」
「……そうですか……そうですよね……そうに決まってます……」
ホースはヴォクス家の使用人であり御者だ。スクエアはヴォクス家の跡取り息子であり使用人達の主人の一人だ。ホースがスクエアの言動や行動を優先するのは道理である。
だからこそ、リズはむかついたのだった。スクエアに言い返さないホースにも、そして権力のある家柄に立ち向かえない自分にも。
だからこそ、リズはいっそのこと開き直るような気持ちになった。婚約を破棄できないのなら、婚約を破棄させればいい。
昨日、ヴォクス夫人がフランソワーズに言い渡したように、ヴォクス家が婚約を破棄することは可能なのだから。
(嫌われればいいんだ。スクエアさんにも、ヴォクス夫人にも。わたしの家族や学園に迷惑がかからないように、わたしだけを嫌いになってもらって、それで婚約を破棄してもらえればいいんだ)




