41 なんで
いよいよ我慢できなくなってリズが口を挟もうとしたそのとき、小窓の向こうからホースの声が聞こえてきた。
「スクエア様、リーゼロッテ様、もうすぐでスクエア様のご自宅に到着いたします。お降りの準備をお願いします」
彼のその声に、リズはすんでのところで言葉を飲み込むことができた。まるで彼に、スクエア様になにか言っても無駄ですよと言われているような気がしたというのもある。
しかしそれ以上に感じたのは、不思議で奇妙なことに、安心感、あるいはそれに似た気持ちだった。すぐそこに彼がいる……馬車の壁や小窓に遮られてはいるものの、その壁と小窓の一枚隔てた向こう側に彼がいる。
そのことを思い出して、リズはなぜか安堵したのだ。スクエアと二人きりではないと。ここにはホースさんもいると。
そんなリズの考えなど露知らず、スクエアはホースに返答する。
「もうか。楽しい時間が過ぎるのはあっという間だな」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、馬車は徐々に速度を落としていって、やがて停止した。小窓の向こうでホースが動く気配がして、馬車のドアが開く。
「到着いたしました」
「ご苦労。ま、いくら愚鈍でもこれくらい出来なきゃ困るな」
スクエアが立ち上がりながらリズへ手を差し出す。
「さあリーゼロッテさん、我が家に向かいましょう。美味しいものでも食べながら、さっきの話の続きでもしましょうか」
しかし彼女はその手を取らず、やや無愛想になった顔つきでさっさとドアを通って外に出ていってしまう。ドアのそばに控えていたホースにも、無愛想な一瞥を投げただけで、すぐに屋敷のある前方を向いてしまった。まるでそっぽでも向いているようだった。
(なんで言い返さないの?)
ホースに対してついそう思ってしまう。
頭では分かってはいる……スクエアは公爵家の令息で、ホースの雇い主であり、ただの一御者に過ぎないホースには逆らえる権限も言い返せる権力もないことを。
しかしそれでも、愚鈍だとバカにされて、一言も言い返さないことにリズは不満の感情を抱いていた。フランソワーズの策謀を突き止めたのはホースの力のおかげであり、彼は愚鈍などでは決してないことを知っているからこそ、リズは腹を立ててしまうのだ。
と、そこでリズは思わずはっとなってしまった。
(な、なんでわたし怒ってるの? ホースさんはただの御者で、年だって親子くらい離れているのに……っ)
ぶんぶんと頭を左右に振る。怒りを冷ますように、ホースへの考えを振り払うように。




