40 まさか
「す、スクエアさん⁉ どうしてここに⁉」
「会いたくなったことに理由などいらないのさ。リーゼロッテさんの美しい顔を見て、綺麗な声を聞いて、幸せな気持ちになりたかったんだよ」
……それが会いたくなった理由では……? リズは思ったが、言える雰囲気ではなかったので黙っていることにした。リズが口を開くよりも早く、スクエアが彼女の手を取ったことも関係していたが。
「さ、馬車に乗って。今日は一緒にうちまで帰りましょう」
「え、まさかスクエアさん、わたしの……」
「さあ僕達の愛の巣、ヴォクス家に向かおう!」
「…………」
リズの家ではなくスクエアの家のことだった。
リズが断りやなにかの言葉を言うよりも早く、スクエアは強引に彼女を馬車へと連れて乗せてしまう。そしてスクエアは自分も乗り込み……ドアは閉めずに、開け放たれたままだった。
「……ん?」
スクエアが訝しげに眉を少し動かして、ドアの外へ声をかける。
「早く閉めて出発したまえ」
「……かしこまりました」
ホースの声がして、ドアが閉められていく。少しして、馬のいななく鳴き声。
「すまないね、気の利かない愚鈍な御者で」
「…………」
対面に座るスクエアの言葉を耳に入れつつ、リズは小窓の向こうにいるホースのことが気になっていた。いまのスクエアへのホースの返答が、リズと会話していたときよりもほんの少しだけ固く強ばっていたように感じられたからだった。
(気のせい……? ホースさん、なんだか怒ってたような……? ううん、いつもあんな感じだし、きっと気のせいだよね……)
スクエアがしきりになにか話しかけているようだったが、リズの視線や意識は、知らず知らずのうちに小窓の外側へと流れていた。ホースは一回りも二回りも年上の御者で、リズとは送り迎えをしているだけの、それだけの間柄のはずなのに……。
リズのそんな様子にはまったく気づいていないように、スクエアはなおも言葉を羅列していく。
「そういえば聞きましたよリーゼロッテさん、うちの財産を狙っていた者を突き止めて、母に報告したそうじゃないですか! お手柄ですね! さすが才色兼備のリーゼロッテさんだ!」
「……え……?」
……べつにわたしは才色兼備じゃない……。そう思ったが、それよりもリズが気になったのは……。
「……フランソワーズさんのことですよ……?」
「フランソワーズ? 誰ですかそれ?」
「……っ」
まさかと思った。
「フランソワーズさんです。ワトロ家のかたで、スクエアさんの三番目の婚約者のかたで……」
「ああ、ああ、いましたね、確かにそんな人」
「……っ⁉」
ようやく思い出したかのように言うスクエアに、リズは唖然と、あるいは愕然としてしまった。
(自分の婚約者のことなのに……っ)
リズは思わず立ち上がってしまいそうになった。馬車のなかではあり、相手は有数の公爵家の跡取り息子であるが、思わず声を上げてしまいそうになってしまった。
覚えてないんですか⁉ と。
まったく気にしていない様子でスクエアが言葉を続ける。
「そんなことより、実は前にこんなことがありましてね……」
(そんなこと……っ)




