38 路地裏
フランソワーズとワトロ家に関する一通りの話が終わったあと、気づいたようにホースがリズに言った。
「ところで、話が少し長くなってしまいましたが……登校時間のほうは大丈夫でしょうか?」
「え……? あ……!」
リズが腕時計に目を向けると、普段登校している時間よりもだいぶ過ぎてしまっていた。それでも走っていけばなんとか間に合う時間帯ではあるものの……リズは慌ててホースに答える。
「走っていきます! 走ればまだ間に合います!」
「でしたら、馬車にお乗りになってはいかがでしょうか? 馬車なら、ある程度は余裕を持って到着できるのではないでしょうか?」
「…………っ⁉」
リズはホースを見て、逡巡する。馬車なら確かにこの時間でも普通に間に合うだろうし、走る手間や疲労もなくて済むが……。
「いつもリーゼロッテ様が仰っておられるように、馬車に乗って目立つのがお嫌ということであれば、仕方ありませんが……」
「~~~~!」
身を退こうとするホースに、リズは思わず声にならない声をこぼして……脳裏によぎった逡巡を振り払って彼に言った。
「乗ります! 今日だけ特別です! 走って汗だくになって教室に駆け込むよりは、今日いまだけの恥を忍んで乗らせていただきます!」
「なるほど、一時の恥、一生の後悔というやつですね」
「おおげさに言わないでくださいっ! そんなことより早く向かいましょうっ!」
「そうですね。それではお乗りください」
馬車のドアを開けようとするホースにリズが声を上げる。
「ドアくらい自分で開けられますからっ。ホースさんは御者台に乗って、すぐに出発の準備をしてください」
「リーゼロッテ様がそう仰るなら、そういたしましょう」
かくしてリズはホースの運転する馬車に乗り、初めての登校送迎を体験するのであった。
――――。
「……チッ……」
リズが乗るその馬車を、路地の陰から見送る一つの人影があったことに、リズは気づいていない。女のつぶやく声。
「……学園は人が多いし、手練れの教師に邪魔されちまう。まあ、まとめて相手するのも悪かぁねえが、面倒ではあるか。しゃーねぇー、次の機会を待つか、チッ」
もう一度舌打ちをして、人影は朝日の届かない路地裏へと消えていった。
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