23 納得
(この世界にもあったんだ……! ポラロイドカメラ……!)
この異世界における写真撮影は、いまだに特別施設での撮影であり、また新聞や雑誌にもカメラの小型化および携帯化については書かれていなかった。だからリズは、この異世界にもポラロイドカメラが存在することを……新たに開発されたことを知らなかったのだ。
厳密には、この異世界ではポラロイドカメラという名称で呼ばれているわけではなく、現段階では小型携帯カメラなどの暫定的な呼称であったが。またあくまで開発・試作段階であり、販売されているわけではなかった。
突然の事態に、リズは即座には動けずにいた。しかし思考は目まぐるしく回転していて、視覚や聴覚は普段よりも鋭敏に働いていた。
そのため、教室の片隅でクククと口角を上げて笑う学生の存在に、リズは一早く気づくことができた。
「おいおーい、ヴォクス公爵令息の婚約者が浮気なんかしていーのかねー?」
「しかも相手はかなりの年上なんでしょー。リーゼロッテさんってばー、枯れ専なのー?」
そこには男女の学生がいた。この教室のクラスメイトのなかでもあまり真面目に授業には取り組まない学生達であり、評判もよくはない者達である。
彼らを見て、リズはすぐに直感した。あの二人がこの写真を撮って、黒板に貼りつけて、あんな文言を書いたのだと。
その二人の不良学生の言葉を聞いて、元々ひそひそと話し合っていた他のクラスメイト達が、ざわざわとし始める。リズのことを疑っていたわけではないが、やっぱりそうなのかとざわめきだしたのである。
「……っ!」
いまこの場で、あの二人の不良学生に詰め寄ったり、他のクラスメイト達に言い訳をしたりしても、信じてもらえるかは分からなかった。むしろ必死な様子を見せることで、逆に本当なのかと誤解されてしまう可能性のほうが高いかもしれない。
しかし、それでも、リズの身体は動いていた。黒板に早足で歩み寄り、そこに貼られていた写真をばっと取り外して、書かれていた文字を素早く消していく。
そしてクラスメイト達へと振り返り、教卓に手をつきながら、努めて冷静で落ち着いた声で言った。
「みなさん、わたしに年上の恋人なんて、いいえ、年上どころか恋人自体、一人としていません。スクエアさんの婚約者ではありますけれど」
普段のリズであれば、自分で言っていてずーんと落ち込んでしまうような言葉であったが……いまは落ち込む余裕なんかなかった。クラスメイト達に信じてもらえるように、誠実に真摯に言葉を紡いでいく。
「この写真に写っているかたは、ヴォクス家の馬車の御者のかたです。名前はホースさんといい、わたしと彼は昨日会ったばかりで、それ以上の関係では決してありません」
「……なら、なんで食料品店で一緒に買い物しているの?」
クラスメイトの一人が尋ねた。リズはそちらを向いて答える。
「昨日、放課後にわたしはヴォクス家に向かうことになって、そのヴォクス家でスクエアさんの他の婚約者のかたがたと会いました」
教室が一瞬ざわめいたが、リズは言葉を続けていく。
「その帰りに、わたしは馬車に乗って自宅アパートに向かっていたんですけど、晩ご飯のおかずを買うことをうっかり失念していて……ホースさんにお願いして食料品店に立ち寄ってもらったんです」
「……でも、その御者さんまで一緒に買い物に付き合わなくても……」
リズは大いに同意の気持ちを込めてうなずいた。本当にホースについてこられて恥ずかしかったからである。
「わたしも一人で大丈夫だと言ったんですけど、ホースさんが、わたしをちゃんと送り届けるのが責務だからと聞かなかったんです。だから仕方なく……」
「そうだったんだ……」
そのクラスメイトは納得した声をこぼした。他のクラスメイト達に関しても、リズの正直な言葉が届いたのだろう、いまだに何人かは戸惑った顔を浮かべてはいたものの、大半は同じように説明に納得した顔をしていた。
貴族に仕えている生真面目すぎる使用人なら、そういう融通の利かないことも言うだろう、と。




