2 異世界
「…………」
過去の記憶に浸るようにリズがぼーっとしていると、枕元に置いてあった目覚まし時計がジリリリ!とけたたましい音を鳴らした。はっと我に返ったリズが慌てて時計を止めて、その針が示す時間を見て慌てた声をこぼす。
「あっ、学園に行かなくちゃ……」
自分が転生者であることや転生前の記憶の一部を思い出して困惑していることも確かだったが、いまはいまのリーゼロッテとしての生活があるのだ。リズの両親のせっかくの仕送りや応援に応えるためにも、学園の授業は可能な限り休みたくはなかった。
昨夜作っておいた玉子サンドを据え置き型の収納魔法具から取り出して、またその収納魔法具の冷蔵部から冷やしていたコーヒーの瓶を取り出すと、リズは手早く朝食を済ませていく。身支度も急いで整えて、部屋の片隅にある小型の勉強机のそばの鞄を取ると部屋を出た。
「あら、おはよう。今日も元気ねえ」
「おはようございます」
ゴミ出しから戻ってきたらしい隣人のおばさんに挨拶をして、リズは学園への通学路を歩いていく。目に映る街並みはいつもと同じで、リズが転生前の記憶を思い出したこと以外はいつも通りの朝が始まっていた。
(女神さまは、転生前よりは文明は発展していないって言ってたけど……)
王都であるこの街の景観は、いわゆる前の世界の中世から近代の間くらいの様相だった。しかし厳密には前の世界のそれとは若干異なり、この異世界独自の文明レベルのようだった。
(ビニール袋や、プラスチックのものもあるし……あと街なかは普通にきれいだし……)
前の世界における二十世紀前後の物品に似たものも、一部ではあるが存在した。また前の世界の中世時代の西洋文化では街は汚物にまみれていたと授業で習ったことがあったが、この異世界での衛生観念はリズの転生前の時代とほぼ同じようだった。
(女神さまがそういう異世界に転生させてくれたのかな……?)
……転生前の記憶を取り戻したわたしが混乱しすぎたり嫌悪感を抱かないように……。リズはそう思ったが、実際のところは女神に聞いてみなければ分からなかった。
そんなことを考えながら、周りにもちらほらと同じ学園の制服を着た学生が登校している姿が見え始めたとき、不意にリズの横の大通りを走っていた馬車が彼女の視界の先で停止した。彼女がそれに気づいて目を向けたとき、馬車のドアが開いて身なりの良い二十代の男が飛び降りるように地面に着地する。
「見つけた!」
リズのほうを見て両腕を広げながら男が叫び、勢いよく彼女のほうへと駆け寄ってくる。びっくりしたリズが逃げ出す暇もなく、彼女の元へ到着した男が彼女の手をぎゅっと握った。
「なんて美しい女性だ! 貴女こそ私の運命の人に違いない!」
「え? え?」
「さあ私の馬車に乗って我が屋敷へと向かおうじゃないか」
「え、ちょ」
戸惑うリズのことなどお構いなく、男は彼女を手慣れた動きで両腕に抱いて……いわゆるお姫様抱っこという抱き方で、馬車のほうへと駆け走っていく。周囲の者達も呆気に取られるなか、リズと男を乗せた馬車は再び大通りを走り出していった。
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