18 しわのない手
「ただいま近くの馬車置場に置いてから戻って参りますので、いま少しお待ちください」
「あ、いえ、買い物くらいは一人でできますので……」
「私にはリズ様を無事に送り届ける責務がありますので」
「…………」
仕事に忠実なのか融通が利かないのか、リズがなにか言ってもホースは意志を曲げそうになかったので、彼女はそれ以上なにも言わなかった。
ホースが再び馬車に乗って、近くにある馬車置場へと向かっていく。乗り合い馬車や馬車ギルドが普及している街なので、ある程度の距離ごとに、御者の休憩場所も兼ねて馬車置場が設置されているのである。
「…………」
遠ざかる馬車を見送ってから、リズは自分の手を見つめる。さっきホースの手を取った手であり……そして彼女はかすかな違和感を覚えていた。
(……あんまりしわのない手だったな……)
ホースは壮年の男に見えるが、その手はまるで二十代のようにしわがなく、若さを保っていた。そういう体質で、手に年齢が表れていないだけと言われてしまえばそれまでの話ではあるが……。…………。
「お待たせ致しました」
「あ……」
手を見つめて考えごとをしていて気づかなかったが、すでに数分が経過していたらしい。馬車置場に馬車を置いたホースがそばへと戻ってきていた。
「さあ、お店のなかへと参りましょうか。ねびきという品物はどこにあるのでしょうか?」
「いえ、あの、値引きっていう名前の商品が売っているわけではなくてですね……」
「……?」
人参や大根のように、ホースは『ねびき』という名前のなにかしらの品物が陳列されていると勘違いしているらしい。リズは説明を試みようとする。
「値引きっていうのは、値段を割引くって意味で、定価よりも何割か安く売ることをいうんです」
「……なるほど……」
神妙な面持ちでホースは納得してうなずいたが、説明したリズ自身は顔から火が出てしまいそうなくらい恥ずかしく思ってしまった。貴族の買い物に付き合うことの多いホースからしてみれば、値引き品を狙わなければいけないリズは、まさに庶民そのものであるからだった。
「と、とにかく行きましょうっ」
「はい」
ホースから顔を背けるようにして、リズは店の扉を開けて入っていく。恥ずかしすぎて顔を合わせられなかった。
「そのねびきとやらはどこにあるのですか?」
「……このお店は初めてですけど、だいたい入口の近くにまとめられてるか、もしくはそれぞれの商品に直接値引きシールが貼られてます……」
「なるほど。お客様が気づきやすく、お手の取りやすい場所に置かれているのですね」
「……は、はあ、まあ……」
真面目な顔で推察するホースに、リズは曖昧な返事をすることしかできなかった。いままであまり考えたことはなかったが、言われてみれば確かに、店は客のことを考えてそうしているのかもしれないと思った。
「あ、あそこにあるのがそうだと思います」
リズが指で示した場所に、陳列棚とは分けられた特別な区切りスペースがあり、そこに値引きシールの貼られた商品が置かれていた。すでに他の客が物色したあとらしく、少し乱雑になっていたが。




