15 ホース
「これで大丈夫でしょう」
椅子に座るリズに、中年の女のヒーラー……回復魔法士が言う。リズがいまいるのはスクエア家お抱えの回復魔法士の部屋であり、目の前の回復魔法士が言うようにリズの腕の打撲は跡形もなく治っていた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
頭を下げるリズに、回復魔法士も笑顔で返した。とはいえ、リズ自身は内心では、
(これくらいなら回復魔法を使わなくてもよかったとは思うけど……)
とは思ってはいた。
リズは近くに控えて様子を見守っていた御者に振り返り、同じく頭を下げる。
「御者さんも、ありがとうございます」
「礼にはおよびません。原因はカップの経年劣化であり、引いてはそれに気づけなかった私の責任でもありますので。むしろ私のほうこそ申し訳ありませんでした」
そう言って、御者は頭を下げた。リズは慌ててしまい、とっさに声をかける。
「そ、そんな、御者さんのせいじゃありませんよ。ヒーラーさんのところまで連れてきてくれましたし、それに……」
そこで思わずリズは、続く言葉を飲み込んでしまった。カップが割れて紅茶がこぼれてしまい、またリズ自身がその場を離れたことによって、あの唐辛子入りの紅茶を飲まずに済んだことは確かだった。
しかし、あの紅茶に唐辛子が入っていたことをいま言っても、信じてはくれないかもしれない。逆にフランソワーズを悪く言おうとしていると、反感を持たれてしまうかもしれない。
だから、リズは言葉を飲み込んでしまったのだ。とにかく、たとえ偶然だとしても、あの紅茶を飲まずに済んだのだから良かったとしよう……と。
「…………」
そんな、言葉を続けずにいるリズを御者はじっと見つめていた。彼女の言葉を静かに待っていた様子であり、それに気づいたリズが慌てて別のことを言う。
「そ、そうだ、わたしのことみなさんに紹介してもらって、ありがとうございます。みなさんのことも紹介してもらいましたし」
「それも礼にはおよびません。あれは奥様から仰せつかったことであり、私は自分の仕事をこなしただけでございますので」
回復魔法士の女性が気さくな声で口を挟んだ。
「相変わらず堅苦しいわねえ、ホースさんは。もっと笑顔になりな」
「……笑顔は苦手ですので」
……ホースさんっていうんだ……。そこで初めてリズはその御者の名前を知った。そういえば、婚約者達の紹介はしたけれど、御者自身の紹介はしていなかったことにも気づいた。
自分はあくまで使用人の御者に過ぎないから、自己紹介するまでもないと思ったのだろう……とリズは推測する。




