11 御者
(……唐辛子が入ってることを言っても……無駄かもしれない……っ)
たとえそのことを指摘したとしても、女性は否定するだろう。唐辛子を入れたなどとは認めないだろう。また女性自らが毒味することになったとしても、魔法で唐辛子の成分だけ取り除いてしまうかもしれない。
そして潔白を主張して、リズのことを、自分を貶めようとした不届き者として告発するかもしれない。
この場に来て早々、リズは彼女の罠に見事にはまってしまったのだった。
(どうしよう……唐辛子の成分だけ取り除くなんて器用なこと……わたしにはできない……)
ある物体や物質から特定の成分だけを抽出するのは、とても専門的で高度な魔法技術が必要だった。いまだ学園高等部の普通の学生の身分であり、魔法の成績も普通程度のリズには、そんな芸当をいまこの場で誰にも気づかれずに……特に目の前の女性には気づかれずに実践することは不可能だった。
(こ、こうなったら、か、覚悟を決めて……むせちゃうかもしれないけど、なんとか我慢して……っ)
飲むのを拒否して窮地に陥るよりも、この唐辛子入りの紅茶を飲んで、場をしのぐことにリズは賭けることにした。もしかしたら笑い者にされてしまうかもしれない、貴族の社交パーティーなどでうわさになってしまうかもしれない……それでも、伯爵家を敵に回すよりはマシだと思って……。
そしてリズが決心して紅茶をぐいと飲もうとしたその直前……不意に男の声がドアのほうから響いてきた。
「ご歓談のところ誠に申し訳ありませんが、時間が押していますので、さっそく皆様をこの場にお呼びした本題に移らせていただきたく思います」
三人の婚約者達が声のしたほうに目を向けて、リズも慌てて飲もうとしたのをやめて振り返る。声を発したのは、さっきここまでリズを案内してくれた御者だった。
閉められたドアを背にして、御者がリズへと言ってくる。
「リーゼロッテ様も申し訳ありませんが、お持ちのお紅茶をテーブルにお置きください。これより大事な話を致しますので」
「あ……はい」
リーゼロッテが慌てた様子で、持っていたカップをソーサーの上に戻す。理知的な女性が片目をかすかにすがめたが、リーゼロッテ自身は内心でほっと安堵していた。
(助かった……)
ひとまず辛い紅茶を飲んで、吹き出したりこぼしたりして恥をかくことを回避したことになる。だがあくまで先延ばしにしただけということも分かってはいるのであり。
(いまのうちに、なんとか飲まずにすむ言い訳を考えておかなきゃ……)
それを考えつかなければ、結局は飲んで恥ずかしい思いをすることになるのだ。リズがどうしようかと思っているうちに、御者が口を開いて話を再開した。
「まずは、新たに四人目の婚約者であるリーゼロッテ様がお越しになられたので、紹介をさせていただきます。彼女はリーゼロッテ様、この王都の学園に通う麗しき女学生でございます」
「あ、よ、よろしくお願いします……っ」
リズが慌てて立ち上がり、ぺこぺこと三人の婚約者のほうをそれぞれ向いて頭を下げていく。三人は三角形の頂点のようにそれぞれ別の場所にいたので、一回のお辞儀では全員に挨拶できなかったのだった。




