第6話 報道
事件が発覚してから3日経った月曜日の朝、ローカルテレビから転落死事件についてのニュースが流れていた。
「___市の公立高校で今月〇日に男子生徒が遺体で発見された事件で、警察の調べによりますと、遺体には複数の部位に強い衝撃を受けた痕があるということです。現場の状況から、屋上など高所から転落した可能性があり、警察は落下の経路や衝撃の数などについて詳しく調べています。
また、警察は司法解剖の結果、死亡したのは事件当日の午後5時半から6時半時ごろとみており、両手首に圧迫されたような痕があったことから、被害者が拘束された状態で落下した疑いもあるということです。警察は何者かに事件に巻き込まれた可能性もあるとみて、捜査を――」
ニュースを聞いている内に朝食の味がしなくなってきたので、リモコンを取ってチャンネルを変えた。
そこから私は静寂の中、黙々と朝食を食べ続けた。
そして制服に着替える最中、異変に気が付く。
「これ、私のじゃない」
私が手にしたスカーフには折り目が二つあり、古い折り目の先端にくっきりと血が付いていた。
これ、犯行に使わた衣服なんじゃ。
私は背中の芯に冷たいものが走るのを感じた。
衣服を取り違えるタイミングなんて限られている。
金曜日の体育の授業しか考えられない。
誰かのを間違えて取ってしまったとしたら、恐らくは・・・
いや、クラスメイトを疑うのは良くない。
私は自分の考えに蓋をして着替えを済ませた。
そして、犯人が自分の身近にいるという事実に思考を支配されたまま、気が付いたら学校に到着していた。
教室のドアを開けると、クラスは今朝のニュースの話題で盛り上がっており、思わずため息がついて出た。
この賑やかさにさっきまでどこか張りつめていた気持ちが解けていく。
まさか私がこんなことで平静を取り戻す日が来るとは思いもしなかった。
そこに裕太がやってくる。
「今朝のニュース見た?」
「見たよ。それでも何でこんなに盛り上がれるのか、よくわからないけれど」
返事はちゃんとできたと思う。
裕太の顔は真剣で私の違和感にちっとも気づいてなさそうだった。
「皆、クラスメイトを殺した犯人が近くにいるって考えるのが恐いんだと思う、僕もそう。悲しんでいる人間も多いのにね。特にあの事件で一番心を痛めたのは鈴野さんだよ。事件の日からずっと体調が悪いみたいだし」
「そうね。時間が早く解決してくれればいいのだけれど」
「昨日塾に行く途中で病院に行ってるところを見たから、今日は少しは良くなってるといいよね」
「…ストーカー?」
「失礼な、たまたまだよ」
「…どうだか」
そう言いながら私はいつの間にか鬱々としていた気持ちが少し紛れていることに気づいた。モヤモヤは募ったが。
昼休みになり、恵美が学食に向かおうとすると、また豊川さんがやってきた。
「湯川さん。事件についてまとめたんだけど、聞いてくれない?」
「なんで私?」
「なんでって、湯川さん頭良いし、余計なことを言わないから話しやすいし、クラスでも傍観者って感じだったから第三者目線で話が聞きたいと思って」
失礼だし断ろうかと思ったが、やめた。もしこれがきっかけで犯人が捕まれば、私や鈴野さんの心労も和らぎ、ついでに裕太の口から彼女の話題が減るのではと思ったからだ。
「いいよ。場所は学食でいい?」
「それで大丈夫」
会話はそれだけで無言のまま、並んで学食へ向かった。
学食について昼食の用意が終わると早速豊川さんはメモを広げて話し始めた。
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警察の捜査
犯行現場 屋上
遺体状況 複数個所に強い衝撃
死亡推定時刻 事件当日の午後5時半から6時半時ごろ
不審な点 両手首を縛られていたこと
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「今分かってる範囲のことを共有しましょう。
葛西くんが突き落とされた場所は遺体の損傷具合から屋上と考えられていて、複数転落したと想定できる。犯行時刻は5時半過ぎから6時半まで。あと重要そうなのは落とされる直前まで両手首を縛られてたってこと。ここまでは報道で聞いているはずよね」
「うん。初めて聞いたこともあるけど、私が知ってることと大体同じね」
「それで、ここからが私の調べた内容。事件が起きた日の屋上当番は音楽の姫路先生で、朝と夕方に屋上の戸締りを確認したそうなんだけど、6時半くらいに確認した時は何も無かったそうよ」
「じゃあ葛西くんが落とされたのは6時半以降ってこと? それだと警察の報道よりも死亡時刻が遅くならない?」
「そうね。でも、事件当日は雨だったし死亡推定時刻は前にずれているものだと私は思ってる」
「…なるほどね、なら犯行時刻は遅くなっても問題ないというわけね。じゃあ、犯行は学校に生徒がいなくなった7時頃あたりが妥当と考えるのが順当かしら」
「いや、私はもっと後だと考えているわ。
夜8時に守衛さんが校舎内を見回って、職員室と裏門以外は全部施錠される。
この時点で葛西くんが落ちてたら守衛さんが気づくはずだから、犯行はたぶん8時半以降、つまり最後に残った先生が帰った後から朝じゃないかなって」
「それだと、施錠した校内に犯人が侵入できたって聞こえるんだけど」
「私はそう考えてるわ。うちの学校って鍵の管理が杜撰だし、計画的な犯行なら合鍵くらい作られていて当然だもの」
「犯行自体は誰でも可能ということね。そうなると、動機の面からしか犯人を絞る要素が無いということになるけれど、犯人の候補はあるの?」
「うん、今私が怪しいと睨んでる人が二人いる。音楽の姫路先生と葛西くんの彼女の今田さん」
「…その理由は?」
「姫路先生は当日屋上の鍵を持っていた人物だから六時半以降でも屋上を使えるから、というのが一番の理由ね。
捕捉する情報として、生徒間で最近学校でもしっかりと化粧をするようになって綺麗になってきているという話が挙がっているのよ。
後は噂程度の話だけど休日に彼氏とデートしているのを見たって学生が何人かいたわ。
もしかしてその相手が葛西君だったら今回の事件の立派な動機づけになると思うけど、これ以上は調べようがないのが難点ね。
次に、今田さん。
彼女は成績不振が続いて現在予備校に通っているのだけど、同じ予備校に通っている人からの証言によると最近の動向が怪しいというのが理由ね。
去年まで時間ギリギリか遅刻をしていたみたいだっただけど、今年に入ってからさらに遅刻が酷くなって、来ない日も増えたみたいで事件当日も来ていなかったというのが私の中での決定打ね」
「…二人とも疑う要素はあるね。一応聞くけど他に候補はいたの?」
「候補ってほどじゃないけど、少し怪しいと思ったのは月崎先生?」
「月崎先生?」
「そう、まぁ最近夜遅くまで残っていることが多い先生は誰かって聞いたら月崎先生だったって話なんだけどね。
生徒の補習をしたりしてるって話を聞いたから除外したの。犯人なら連日夜遅くまで残る必要はないと思うし、そもそも動機がない」
「先生が犯人という線を疑うなら確かに合致する条件だけど、言う通り犯人から除外してよさそうね」
「他に何か思いついたことはある?」
「…いや、もう無い」
「そっかー」
豊川さんはうなだれているが、恵美は彼女がそこまで落胆していないように感じた。元々この話を誰かにしたかっただけなのだろう。
この昼休みで犯人が特定されることはなかった。分かったのは、葛西哲平が落とされた“時刻”が、少しだけ絞れたということだけ。
豊川さんに協力したい気持ちはあったが、スカーフのことを話すと私が疑われかねないし、金曜日の出来事を話すと鈴野さんにまで飛び火する可能性が高い。
結局、昼休みの間に私ができたことといえば話を聞くことだけだった。