第4話 とある女学生の一日その三
昼休み、私はクラスメイトの様子をよそに自分の席で静観の構えを決め込んで昼食をとろうとしていた。
カバンから今朝買った菓子パンを出すが、この場で食べても美味しく感じないと考え直し、教室を抜け出す事にした。
そこに裕太から声がかかる。
「ちょっと待って、恵美。僕も学食で食うから」
「わかった。40秒で支度してね」
「どこの盗賊団だよ!あと、豊川さんも来るからもうちょっと待って」
「...何で?」
唐突な話に恵美は低い声を出してしまった。
豊川五十鈴。
それは隣のクラスの女子で、成績が良かったりクラスメイトの浮気やカンニングを暴いたりと噂に事欠かない少女の名前だった。
今回もその類だろうか。
裕太に事の次第を問いただしたい思いでいっぱいだが、もう話がついてるらしく、恵美は仕方なく三人で学食に向かうことにした。
道中の会話はほぼ裕太主導で、会話の少ないまま学食につき、隅の席での昼食が始まった。
それぞれ昼食を食べ始めると、早速豊川さんは話し始める。
「ごめんね湯川さん。昨日の夜について話が聞きたいんだけど大丈夫?」
彼女の第一声を聞き、せっかく教室を出たのにきな臭い話題から逃れられないことに落胆していた。
「食べながらでいいなら別にいいよ」
諦めたように呟くと、じゃあ という一言から昨日の夜の間についての行動を事細かに聞かれた。
「...フムフム。家族全員見ていると、じゃあ湯川さんはシロか...長内くんは?」
豊川さんは手帳のようなノートにメモをしながら話を聞いていく。
「僕は家で7時くらいに夕御飯食べて8時から塾があったから出かけて帰りは10時くらい。家に帰った時は母さんが起きてたし、もし犯行に及ぶとしても家と学校の往復には30分かかるから6時以降は犯罪できないと思うな」
「確かにそれなら犯行は不可能ね。長内くんもシロっと...」
豊川さんは口振りではそう言っておきながら結構長いことメモを続けていた。
その姿になんとなくモヤモヤした私は、つい彼女に話を振ってしまった。
「豊川さんはどうなの?」
「私?私は6時半くらいまで友達と遊んでそっから7時過ぎまで本屋で立ち読みかな。家には8時過ぎに着いてそこからはずっと家にいたよ」
「やけにハキハキ答えるね」
「皆に聞いて回る関係で何回も聞かれてますから...でも、ここまでクラスの半数以上に聴いて回ったのに全然成果が無い。証言も矛盾が目立つし、みんなはっきりと覚えてないのかも」
言葉と共に豊川さんは机にもたれかかってうなだれてしまった。
裕太は不憫に感じ慰めに入っていたが私は一つ気になった事があった。
「矛盾って、例えばどんな?」
「だから、葛西くんが夕方に帰ったって話があるのに、帰りに下駄箱の中に靴が入ってた気がするって話す人がいたり」
「それは、後の話が嘘なんじゃないの? 気がするとかなんか曖昧だし」
「私もそう思ってるわ。正直、証言だけで犯人を絞るのは無理かもしれない」
「まぁ、クラスに犯人がいると決まったわけじゃないしさ。当の葛西くんは野球部に所属してた訳だし、交友関係は結構広いから犯人候補は結構多いんじゃない?」
「例えば、今田美海さんとか?」
「それは、無いんじゃないかな。今朝、浮気疑惑であんなに怒ってたんだし」
「あー、それでかぁ。休み時間中に話を聞こうとしたんだけど一蹴されちゃって、怪しいかなと思ったんだけど」
「そもそも女子が野球部の葛西くんを突き落とすっていうのが難しいと思うけれど」
「うーん。彼女、よく補講で遅くまで学校に残ってるって話も聞いたし『ある』と思ったんだけどなぁ」
豊川さんは私と裕太に否定されても、しばらく考え込んでいたが いや、後で考えよう、と言うと別の質問を飛ばしてきた。
「…じゃあ目撃証言。昨日の夜何か見たり聞いたりしなかった?」
「私は何も」
「夜かー。8時前くらいに塾に行く途中で男子が後ろに乗って2人乗りしてる学生のカップルを見たくらい? 女子の方はカッパ着てて一見わからなかったけど、珍しいよね?」
「カップルのイチャつきは私の求めてた情報じゃないわ」
「だよね」
「俺頑張ってひねり出したのにひどくない!」
豊川さんと私の辛辣な対応に、裕太は涙目で抗議していた。
このあとも実りある話になることはなく、裕太が話題を探してはぎこちない笑顔をする時間が続いた。
裕太には悪いがちょっと席を立とう。
「……ごめん、ちょっとトイレ」
私は二人にそう言うと、食堂を出た。
向かうのは校長室の先にある来賓用のトイレ。
生徒は利用禁止だが、そこなら普段ほとんど使われておらず人目も避けられる。
時間を潰すにはぴったりだ。
けれど、廊下を曲がってすぐの、トイレのドアを掴んだところで思わず足が止まった。
中から、声が漏れ聞こえてきたのだ。
「……だから、あのことは黙ってろって言ってんだろ」
低く押し殺したような声。どこか怒気を含むそれは今田さんの声だった。
「で、でも……あれって……」
「いいか、余計なこと言えば、お前が見てたってちくるぞ。そしたらどうなるか分かってるんだろうな?」
小さく震えるような返答。それが鈴野さんの声だと気づいた瞬間、私は息をのんだ。
聞いてはいけない会話を聞いてしまったことを自覚した私は、足音を忍ばせて廊下の影へと引いた。
トイレの中にいるのは、間違いなく今田さんと鈴野さんだった。
私はそれ以上聞く勇気を持てず、気配を殺して踵を返した。
何も見なかったことにしよう。そう思って足早にその場を離れる。
けれど、胸には今朝とは違うモヤモヤが残った。