うちの執事はドM 03
「御嬢様、宜しいでしょうか?」
「ええ、構わないわ」
エルザが部屋で寛いでいると、控えめにドアがノックされた。一言、エルザが声を出すと部屋に居たメイドのララが直ぐドアを開け声を掛けた相手を招き入れる。
「失礼致します、御嬢様」
丁寧なお辞儀をし、部屋に入るのはエルザ付きの最強執事であるラングル。その手には大事そうに何かを抱えていた。
何かを抱えている事に気付いてはいるエルザだが、特に聞きもせず優雅にメイドのララが淹れた紅茶を一口飲む。
ラングルは頭を下げた侭の格好で、エルザからの問い掛けに待っている様な素振りを見せた。エルザからの言葉があるまで、ずっと体を下げた侭、苦しい格好をする。
そこへ、助け船を出すようにララがエルザに近付き耳許でそっと囁いた。
「御嬢様、ラングルが……」
「……そうね。……ラングル、何か私に話す事が?」
エルザの言葉にゆっくりと顔を上げ、誰もが魅了されるような笑みをラングルが浮かべた。
「御嬢様、学園の魔法演習でお使いになられる為にお作りした物が届いております」
「あら、早いわね。注文したのは昨日ではなかったかしら?」
この世界、魔法を使うには魔法具が必要であり、それぞれその人物に見合った魔法具を作る事になっている。
ラングルは魔法や剣、武術に一般家庭スキルと全てにおいての適性があり魔法具がなくとも何でも出来てしまう最強執事、ただ気に入る武器もあり、好んで使うのは懐に仕舞いやすい小さなナイフであった。
第二王子であるカイルは、魔法具として身の丈に近い大きな斧を振り回す事にたけている。
メイドのララはスキルを得意とし、魔法具もメイドとして必要な箒等を使用していた。
令嬢であるエルザの魔法具は魔法ステッキに長いリボンを着けた物。魔法量が多いエルザは小さい頃から使用していた魔法具が魔法量に耐えきれなくなり壊れてしまい、新しい今の自分に適した魔法具を発注していた。
ただ、思いの外、早く出来た事に多少の疑問が生まれたが、職人が素晴らしかったのだろうと一人納得する。
「今度もきっと素晴らしい物ね、ご苦労様ラングル。私の机に置いて貰って構わないわ」
「いえ、御嬢様。今、確認して頂けると私も助かりますので、確認して頂いて構いませんか?」
「ええ、解ったわ、ラングルが言うなら」
エルザは立ち上がり、ラングルから大事に抱えている自分専用であろう魔法具を受け取る。 良い笑顔を見せるラングル、嫌な予感がするエルザと見守るメイドのララ。
エルザは包まれた包みを丁寧に外し、中身の魔法具を取り出す。取り出した魔法具は、エルザが発注した魔法具とは見た目がかなり、いや、物が違っていた。
「…………刺々しいですわね…………」
「棘の鞭でございます、御嬢様」
「いばら、の……」
エルザは考える、発注したのは今まで使っていたステッキ型でと話した筈だったが、届いた物は刺々しい棘の鞭。
掴む場所は何かの皮を何重に巻き付けしっかりと固定し、そこから伸びる緑色の鞭には尖る刺が均等に付けられていた。
あれで打たれると見事な傷が出来るだろう予測が出来る代物である。 棘の鞭を持って、エルザはラングルへと振り返った。 ラングルは恍惚の表情を浮かべ、何故か服を脱ごうとしている。止めたのはエルザではなく、メイドのララ。
「ラングル!?な、何してるの!?」
「御嬢様にお仕置きをして頂かなければならないのです、脱がなければ肌に直接に与えて貰えないでございましょう?鞭で傷を、お仕置きを、さあ、御嬢様!」
「また、一体何を言ってるのよ、ラングル!」
「ララさんは口出ししないで頂きたい!」
ラングルとララのやり取りを、エルザは見詰めながら軽く溜め息を吐いた。それから手に持った鞭を包まれていた袋に戻し始める。
「……御嬢様」
その姿を見たラングル、哀愁漂う雰囲気でエルザに声を掛けた。
「……ラングル、聞いても良いかしら?何故、私が鞭でお仕置きをしなければならないのか」
「では、発言をさせて頂きます。私は御嬢様の言い付けを守らず、魔法具の依頼を怠り、私が自ら作った棘の鞭の魔法具を御嬢様にお渡ししたと言う事でございます」
「…………そう、なら今日、魔法屋への発注をすれば良いわ。1日遅れようとも私は怒りませんし、お仕置き等しないわ。それと一生懸命作ってくれた棘の鞭だけれど、私は使わないから飾って置く事にするわね、ラングルが作ってくれたものですし」
ゆっくりとした口調で、ラングルに告げるエルザ。布に包んだ棘の鞭をララに渡そうとすると、ラングルのいつもの悲しい表情が見える。
「……御嬢様、発言を再度お許し頂けますか?」
「……ええ、構わないわ」
エルザの言葉に堰を切ったようにラングルが話す。
「何故ですか、御嬢様。ここは悪役令嬢らしく『私が発注した魔法具の発注を忘れるなんて、執事失格ですわ!こんな物で私のご機嫌取りが出来ると思って!?』と言いながら、私の背中に直接棘の鞭でぶったたくのがお仕置きでございます!」
「……しないわ、ラングル。先程も言ったけれど、忘れてしまったなら今日すれば良いのよ。人はどんなに優秀でも忘れてしまう事はあるもの、それをいちいち、お仕置きと言って鞭で打つなんてしないのよ、ラングル」
「でも、私はお仕置きをして欲しいのです、御嬢様に私が作った棘の鞭で、背中を痕や傷が沢山出来るくらい、何度も、何度も!何度も!!」
鼻息を荒くし、恍惚な表情を浮かべながら地面に膝をつき、そして背中を見せるラングル。 ドン引きするエルザとララ。
「さあ、御嬢様!」
「しないわ、ラングル」
未だに背中を見せるラングル、即座に否定するエルザ、棘の鞭を片付け始めるララ。 今日も公爵家は変わらない日常を過ごしている。