お見合い
午後三時ちょうど。
東城駅付近のカフェ――木目調の壁紙、木の床材のナチュラルカフェ「ツリー」にて、美麗と裕貴のお見合いがスタートした。
美麗は店内をグルリと見回し、「……な、なかなかリラックスできるカフェだな」とぎこちない笑み(緊張のためだろう、と凪はすぐに察した)のまま、カフェについての感想を述べた。
凪と美麗の対面に座る裕貴はというと、美味そうにタバコを一度吸ってから、「同感ですな。ここはお見合いにもってこいの場所だ」とガチガチに緊張している美麗を見た。
「それに席で喫煙できるカフェというものは、我々喫煙者にはありがたい存在でもある」
「だろうな」
「……ところで。どうしてこの場に、凪くんがいるのだね」
裕貴は凪に視線を向け、いぶかしむ。
話題に上がったため、凪はギクリと身体を強張らせた。
裕貴の質問には、美麗が答えた。
「遠山はな、あたしたちの“恋のキューピット”だ」
「ほう」
「あまりキューピットのことは気にするな、喜多」
「了解した」
美麗と裕貴の会話を聞いていた凪は、ホッと胸を撫で下ろした。
美麗はこほんと咳払いをしてから、まだ緊張した面持ちではあったが、ニコリとほほ笑んだ。
「お前のプロフィールはしっかり読んだぞ、喜多。……趣味はドライブだそうだな」
裕貴は指先を使って、タバコの灰を灰皿に何度か落とす。
「ああ、そうだが」
「そこでひとつ、あたしから提案がある」
「提案? なんだね、それは」
「そ、それはだな……それはだな」
「ふむ」
凪は眉をひそめた。
なぜなら、作戦通りの展開ではなかったからだ。
嫌な予感がし、凪は美麗の顔をチラリと見て――戦慄。
そう、彼女は極度の緊張のためか、いつの間にか白目になっていたのだ。
「竹原先生……!」
凪は声を抑えて叫んだ。
それが合図となったかのように、美麗は「グフフ」と魔物のような笑い声を上げると、裕貴に“ある提案”をした。
「あたしが新婚旅行先に考えたのは、地底人の住まう地底国なんだが、そこに行くには、当然穴掘りが必要だ。
だがまあ、安心しろ。穴掘りはあたしが全力でするから。
そんでもって、地底国にたどり着いたら、喜多はあたしを助手席に乗せて、好きなだけドライブを楽しんでもらいたいんだが……どうだ、喜多」
「どうだ、とは」
「あたしと結婚でも、してみないか……?」
「…………」
「このあたしがパートナーになるんだから、悪くない話だろう……?」
「…………」
「喜多、お前の気持ちはよぉく分かるぞ。
……心優しいお前のことだから、許嫁である北埜との婚約を断ることに、罪悪感を抱いているのだろう? 大丈夫だ、まったく問題ない」
「…………」
「なぜなら、あたしと喜多が結ばれることは、最初から決まっていたのだから……!」
「…………」
裕貴は白目をむいた美麗のとんちんかんな言葉に対し、沈黙を貫いていた。
これはアウト、それもスリーアウトだ、と凪は暴走中の美麗と沈黙したままの裕貴を交互に見てから、ため息をついた。
美麗が婚活で上手くいかない原因とは、まさに“これ”なのだと、このとき凪は理解した。
灰皿に置かれたタバコが、ほとんど灰になりかけたとき――とうとう裕貴は沈黙を破った、
「それはそうと、竹原さん……あなたは読書が趣味だそうだが、何かオススメの本はあるかね」
その瞬間――白目だった美麗の目が、元通りになった。
「おお、もちろんだとも」
「そうか。ぜひとも、何冊でも薦めてほしいのだが、どうだろう」
「あ、ああ……! 喜んで薦めるともっ」
美麗と裕貴は本について話し合い、それをそばで聞いていた凪は次第に眠くなり、とうとう革製の椅子に座ったまま、気持ちよく寝てしまった。




