ダジャレ大爆発
土曜日。
凪は美麗とともに東城駅近くの回転寿司「寿司天国」で、少し早めの昼食を摂っていた。
ただの会食ではなく、お見合い前の打ち合わせも兼ねているため、これでもかというほどに場はピリピリとしていた。
「――とまあ、以上がぼくからのアドバイスです。……どうですかね」
凪が言葉を言い終えると、美麗はちょうど二十貫目となる真イカを咀嚼、飲み込んでから、血走った目を凪に向けた。
「アドバイス、ありがとう、遠山。必ず、必ず! あたしはこの血戦に勝利してみせるぞ」
「そうですか」
凪は両手で包み込んだ湯呑みを口まで運ぶと、その中身である緑茶をすすった。
「まあ、がんばってくださいな」
美麗は大きくうなずいてから、「それはそうと、遠山」と何やら話題を変えた。
「なんですか」
「今日のお見合いがうまくいけば、お前は晴れて自由の身だ」
「自由の身……?」
「とまあ、お見合いが上手くいかなかった場合だが……そのとき、あたしはお前をあたしの家まで連行する」
「なっ?」
「そんでもって、遠山には朝まであたしの話に付き合ってもらうから、そこらへん覚悟していろ」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのこと、と凪は美麗の言葉にあきれ返っていた。
「そんな悲劇は嫌です」
「無論、あたしだって嫌だ」
「百歩譲って、ぼくは夕食までは竹原先生に付き合いますから、どうかそれで勘弁してください」
「さっきも言ったが、お見合いは夕方までだ。となると、お前がお見合いに同席するのはそれまでということになる」
「うん……?」
話がかみ合っていないことに気づき、凪は首をかしげた。
しばらく二人は沈黙。
「そういえば、竹原先生」
「なんだ?」
「真イカ、お好きなんですね。さっきから、そのネタしか食べていませんし」
「いや、大して好きではないが」
「えっ、そうなんですか? でも、もう十皿目ですよ、それ」
「どうして真イカだけを食べているか、気になるか?」
なんだか嫌な予感がしたが、結局凪は「ええ、気になります」と素直にうなずくことにした。
「それはだな」
「はい」
「お見合いがうまくいかなくても、『まあ、いいか』って思えるようにするためだ」
「…………」
「どうだ、イカしてるだろう?」
「とっても」
くだらないことに興味を持ってしまった、と凪は後悔する一方、くだらないダジャレを二度もかませた美麗が正気かどうか、本気で心配した。
「ところで、遠山」
「なんでしょう」
そこで美麗はいやらしそうにニヤリと笑った。
「お前、北埜のこと、恋愛的に好きだろう?」
「ごふっ」
凪は緑茶を噴き出し、しばらくのあいだ、むせていた、
凪が苦しそうにむせているあいだも、美麗はニヤニヤと笑っていた。
「ど、どうしてぼくが北埜さんのことを好きなことが、先生に分かったんです?」
「ん? それはあれだ、女の勘だ」
「女の勘……」
「それで分かることは、まだまだあるぞ? お前、北埜の前は青柳のことが好きだっただろう?」
驚きのあまり、凪は目を見開いた。
「正解、です」
だろうな、と美麗は得意げにうなずいたかと思えば、彼女はいきなり真顔になり、「なあ、お前は北埜のどこを好きになったんだ?」と核心部分をついてきた。
答えに窮することなく、凪は美麗からの真剣な質問に答えた。
「彼女の“変人”部分が、ぼくには魅力に映りました」
腕組みをした美麗は、低い声で「そうか」と言葉を返すと、十一皿目の真イカもペロリと平らげた。
「っと、あと四皿、真イカを注文しないとな」
「……真イカ、よく食べますね」
「食べすぎか? ……まあ、いいか」
凪は澄ました顔で湯呑みに粉末緑茶を入れ、お湯を注いだ。
ダジャレを言っても凪が無反応なことを気にしたのか、四皿の真イカをテーブルに置いた美麗は「いかん、急に腹が膨れてきたぞ。お腹いっぱいだが、まあ、いかに真イカを美味しく食べられるかが、何よりも肝心だな」とダジャレを連発させた。
美麗のしょうもないダジャレを聞き流した凪は、オーダータブレットでデザートを注文するのだった。




