弁当箱争奪戦
教室の教壇では、彰人と桜が凪の弁当箱争奪戦を繰り広げていた。
桜はわめく。
「クンクン……クンクン!
今日のタコ野郎の弁当箱には、料理人も顔負けのから揚げが入っているんです、黒原さん。
この弁当箱は、誰にも渡さないですよ~」
彰人はヨダレをダラダラとこぼしながら吠える。
「誰がなんと言おうと、このイカ野郎の弁当箱はこのおれ、黒原彰人のものだっ。
やい、島崎氏。この手を離して、おれの手を繋ぐがいい」
ゾッとしたように、桜は身震いする。
「お、お断りですよ……あなたと手を繋ぐくらいなら、わたしは便器とでも手を繋ぎますから」
「むぅ、なんという畜生以下の女だ……ならばいい、おれは出席番号二十七番の氷室氏のハンカチでも手に握ろうではないか」
「氷室さん? んー、一体誰ですか、その氷室さんって人は。黒原さんの……彼女さん、ですか?」
「いや、おれの愛人だ」
「……愛人」
桜は弁当箱から手を離し、ただただ青ざめていた。
急に桜が弁当箱から手を離したので、危うく彰人は弁当箱を取り落としそうになった。
そんなときに、悲劇の主人公である凪は登場した。
「別に弁当を誰が食べようが、ぼくにはどうでもいいことだけど、せめて弁当箱はキレイに洗って返してね」
「タコ野郎……先輩」
「お前は……我が友、たこ焼き氏か」
凪は地団太を踏んだ。
「違う、どっちも違う! 凪だってば」
桜は怪しく笑った。
「ふふん……今さらそんなこと言ったって、わたしは信じないですからね」
「頼むから、信じてね……?」
彰人は卑しく笑った。
「ふっ……そう呼んでほしければ、おれと同じマヨネーズ納豆味の飴玉を舐めることだな。まずはそこからだ、たこ焼き氏」
「とっても心が歪んでるね。きみには一度、天使のような心を持ってほしいものだよ、彰人くん」
凪は一瞬の隙を狙い、彰人から自身の弁当箱を奪い返した。
「むっ」
「残念だけど、これはぼくのだ。当然、弁当はぼくが食べる」
「……ここはだな、ジャンケンで弁当箱の所有者を決めるべきではないだろうか」
「弁当箱を奪った挙句、結局奪い返された敗者とは、ジャンケンをしたくない」
「よし、ならば敗者復活戦でも――」
「しない。やるなら、彼女と仲良く敗者復活戦でもしてみて」
凪は桜を一瞥すると、自分は席で弁当をモグモグと食べ始めた。
そんな凪のすぐそばでは、敗者復活戦を繰り広げる彰人と桜の姿があった。
「……そういえば、島崎さん」
「どうしたんですか~? ――ちなみに今、わたしのほうが優勢ですよ」
「きみはこんなところにいていいわけ? 彰人くんもそうだけど……お弁当、食べないの?」
「ふっふっふっ……タコ野郎は、早弁なるものを知っていますか?」
「あぁ、それでか」
それで凪は桜に興味をなくした。
亜季お手製の弁当を食べることに集中。
凪が弁当を平らげる頃には、教室から桜の姿はいなくなっていた。
「……彰人くん、きみの弁当は?」
弁当箱をスクールバッグに仕舞いながら、凪は床に倒れ伏している彰人に尋ねると、返ってきたのは「あの女狐に奪われた」という言葉。
おもむろに椅子から立ち上がって歩き出した凪は、彰人の目の前で立ち止まると、うんうんとうなずき、「きみは敗者復活戦すら負けたんだね……とまあ、元気を出して」と屈んで彰人の頭をナデナデと撫でた。
彰人はむくりと起き上がると、ベレー帽を被り直した。
「決めたぞ、遠山氏。……おれは氷室氏の弁当箱を舐め回す」
そのように彼は恥ずかしげもなく、ドヤ顔で宣言してみせた。
凪は目を固くギュッと固くつぶってから、「それがきみの選んだ道なら、ぼくは甘んじて受け入れるまで」と変質者になるであろう彰人に背を向け、先ほどと同じく、おもむろに自分の席まで戻った。
それからまもなくして、教室では出席番号二十七番の氷室彩の悲鳴が教室に響き渡った。




