必勝法
昼休みになってからすぐ、教室の席に座っていた凪は教卓の美麗から「おい、そこのお前」とぶっきらぼうに呼ばれた。
「ごめんなさい、竹原先生」
美麗から威圧を感じた凪は、とっさに彼女に謝る理由もなく、謝罪をした。
美麗は目をむく。
凪は目を見開く。
美麗は声を震わせながら、「ごめんなさい、だと?」と言い、それからすぐに凪の席にまで押しかけてきて、凪を無理やり立たせた。
「な、なんでしょうか、竹原――」
「いいから、さっさと来い!」
美麗は凪の腕をつかむと、強引に教室から出た。
教室を出ても、美麗は凪の腕を離そうとせず、どころか「そうだ、あそこなら……!」と物騒な言葉をつぶやき、凪をどこかに連れていく。
「竹原先生、痛いですって」
「痛いのは、あたしの心も同じだ!」
「えっ、いつの間にか、ぼくはそんなにあなたの心を傷つけましたか……?」
「当たり前だろう? 今回の喜多とのお見合いが失敗すれば、あたしはおっさんの教え子にまでお見合いを断られた人生の敗北者の烙印を、世間だけではなく教え子からも押されることになるんだからな……。
失敗は確実だ。どうせあの男は北埜の許嫁なんだから、あたしをもてあそぶに違いない。
――あぁ、恨めしや!」
「……大方把握しました。つまり、竹原先生はぼくと二人きりで相談をしたいんですね」
「いや、相談ではないんだ、遠山。
……あたしはな、今回の対戦相手の必勝法が知りたいんだ。
頼む、三十路になった、このあたしに教えてくれ」
いつの間にか、凪の腕をつかむ美麗の手は小刻みに震えていた。
凪は美麗の顔に憐憫のまなざしを向ける。
「竹原先生……ついに三十路になられたんですね」
凪は涙ぐむが、美麗の鬼気迫る表情に萎えて、すぐに視線をそらした。
「で、どうなんだ? 必勝法はあるのか、ないのかっ」
「まあ……ないこともない、ですけども」
それは嘘ではなかった。
実際に、凪はこの対裕貴戦についての必勝法を持ち合わせていた。
美麗は階段の前で立ち止まり、クルリと凪を振り返った。
「あるんだな」
こほん、と凪は咳払いをし、半ば目上の者になった気分でいた。
「いいですか、竹原教諭。
……必勝法ですが、それは見栄を張らず、ありのままの自分でいることが肝要です」
「ありのままの……自分」
「お忘れなきよう」
そう言って、さりげなく凪はこの場から逃げようとした。
けれど、美麗はすれ違いざま、凪の腕をつかんだ。
「な、なんでしょうか」
「……このお見合い大作戦の必勝法、それはお前だ」
「はい?」
「今回のお見合いには、遠山、お前も出席してもらう」
「なっ?」
「なお、これは決定事項だ」
「なんで……そんな!」
美麗は凪の目を真剣なまなざしで見つめ、それから息を吐くように笑った。
「遠山、どうかあたしを女にしてくれ」
「うっ……はい」
まさか美麗からその言葉を言われるとは思ってもみなかった、と凪は動揺しながらも、素直にうなずいた。
美麗はファイティングポーズをすると、「さあさあ、どこからでもかかってこい、喜多!」とシャドーボクシングを始めた。
そんな美麗を置いて、凪は一人で教室に戻った。




