メモ騒動
タイミングを合わせ、凪はメモ帳サイズの紙をキャッチ。
「なんだ、これ……?」
紙にはこう書かれていた。
これを拾った者には、あたしとお見合いをする権利を与える。世にも艶めかしい美人教師、竹原美麗、二十四歳――。
「ははっ、まさか!」
笑い声を上げたものの、急に恐ろしくなった凪は、紙を胸に抱えたまま、人にぶつかるのも構わず、全力疾走で「グランド」からの脱出を図る。
「兄上、どこに行かれる? 兄上!」
「ちょま、いきなりどうしたんスか、タコさん?」
あわてたような悠奈と叶夢の声にも振り向かず、一心不乱に凪は「グランド」から出ることだけを考えた。
「グランド」から外に出た凪は、一刻も早くこの紙を誰かに渡さなければ自分は死ぬとばかり、曲がり角からやってきた黒服の男性に「落とし物です!」とパニックになりながらも、一方的に紙を渡した。
呪いともいえる紙を渡し終えてから、今さらのように凪は黒服の男性の顔を見た。
その顔を見て、凪は「あぁ!」と叫び声を上げた。
「裕貴、さん……?」
「そうだが。しかし小僧、これはなんのつもりだ? それにこの妙な紙はなんだね。……むっ?」
そのとき、裕貴は紙に書かれている内容を見て、片眉を上げた。
とっさに、凪は謝った。
「ごめんなさい。急にそれが頭上から落ちてきて、思わず受け取ったら、パニックになったんです」
「そうか……まあいいだろう、これはわたしが預かっておく。きみはこのことを忘れ、さっさと日常に戻ることをオススメするが、さて、どうだろうか」
「色々と大丈夫ですか……?」
凪が反省した顔で裕貴を見ると、彼は紙を胸ポケットに仕舞うなり、無言で親指を突き出した。
「裕貴さん……!」
しかし、その突き出された親指は逆さまになる。
「地獄へ落ちろ、小僧」
「……裕貴さん!」
「グッドラック」
裕貴は今来た道を戻った。
凪は恐る恐る曲がり角を曲がって、裕貴の様子をうかがうと、彼は自転車でここまで来たらしく、駐輪場から自転車を引き抜いている最中だった。
ちょうど裕貴が「グランド」の敷地内から出てから間もなくして、悠奈と叶夢が凪に追いついた。
二人は肩で息をしながら、どこか不安げに凪を見つめていた。
凪は静かな口調で、彼女たちに向かって言った。
「夏っていうもんはね、汗をかくのが大事なんだ。……二人とも、今のぼくらが何をするべきか、分かるかな」
「それはつまり……なんスかね?」
「夏の鬼ごっこだよ、叶夢さん……?」
「ほう、鬼ごっことな!」
「ねえ悠奈、あと十秒数えたら、恐怖の鬼ごっこ、始まるよ……?」
不気味な声で凪が数字を数え始めると、二人は賑やかな悲鳴を上げ、一緒になって逃げ始めた。
十秒数えた凪は「おお~ん!」という恐ろしく滑稽な叫び声を上げながら、二人を追いかけ、先ほどの紙の一件を忘れるよう、無邪気にはしゃぐのだった。




