G騒動
学校が終わり、凪が自宅に帰ると、遠山家ではゴキブリ騒動が起きていた。
凪はリビングのソファに腰かけながら、「とうとう出たの? G」と防護服姿の亜季に尋ねた。
食卓の近くにいた亜季は何度もうなずき、「ええ、そうよ。凪、あんたも気をつけなさい。“奴”は急に現れる……そう、唐突に」と意味もなく殺虫剤を宙に向かって噴射した。
当然、亜季の近くにいた勇蔵は口に手を当て、苦しそうに咳きこんだ。
「おいおい、母さん……おれはゴキブリじゃないぞー。――せっかく急遽仕事を早退してきたんだ、そうナーバスになりなさんな」
「お黙り、ミスターサティー」
「ミスター……なんだって?」
「あたしはミセスドローヌ……私語はおやめ」
「死後……? なんだ、亜季、お前死ぬのか?」
「ミスターサティー!」
「はいぃ、ドローヌ様……!」
勇蔵は亜季の威圧に屈し、彼女とともに茶番を始めた。
「この世界で……一番勇敢なのは?」
「それはわたくし、ミスターサティーめでございます、ドローヌ様」
「よしっ! やっておしまい、ミスターサティー!」
「はいぃ」
勇蔵は亜季から殺虫剤を受け取るなり、自分が咳きこむのもお構いなしに、無差別に殺虫剤を振りまいた。
とうとうソファに座っていた凪と悠奈も、これにはゴホゴホと咳きこむ。
「むむっ、なんという思わぬ被害……最低、それに最悪じゃ!」
「同意見だよ、悠奈……Gよりも、まずはあの二人の息の根を止めないと、こっちが持たない」
「同感……!」
そうして凪と悠奈はリビングから脱出すると、二人して殺虫剤のない外に出た。
外はすぐに汗をかいてしまう暑さだったが、それでも背に腹はかえられない、そう凪は腹をくくった。
額の汗を拭きながら、悠奈は凪に尋ねた。
「さて、これからどうする、兄上」
凪はスラックスのポケットから財布を取り出すと、中にあるお金を数える。
「……うん、これだったらショッピングモールで何か買える、か」
「ショッピングモール『グランド』であるな」
凪は悠奈を見ると、ニコッと笑った。
「うん。ちょっとそこで買い物してから、『グランド』内のカフェに寄ろう」
「ほう、メイドカフェとな」
「ただのカフェだよ……?」
凪は悠奈のボケに引きながらも、ちゃんとツッコんだ。
「そうか、猫カフェであるか……それは楽しみであるぞ」
「……もしかして悠奈、メイドカフェと猫カフェ、行きたいの?」
「うむ!」
「そっか、今度一緒に行こうね。――あっ、でもメイドカフェはちょっと敷居が……」
「えっ、ほんと? お兄ちゃん、ありがとう~」
急に素に戻る悠奈。
凪はクスリと笑うと、「うん、そのどちらにも行こうね」と言いかけた言葉はどこかに押しやり、大きくうなずいた。
そんな凪たち兄弟の日常を、夏の太陽は愛おしく見守っていた。




