合宿についての話し合い
放課後になると、二年一組の教室では「東城交流の会」メンバーが席につき、避暑地への合宿について話し合いが繰り広げられていた。
顧問の美麗は凪たち六名を順に見てから、それまでの話をまとめた。
「――今回の避暑地への合宿参加メンバーだが、会長の黒原と副会長の遠山、総務の北埜、特別参加として遠山の妹の悠奈、そんでもって顧問のあたしと元顧問の卯月先生……その六名だな。
で、島崎と青柳と喜多は予定があるとのことなので、その三名は不参加とする」
そのとき、凪は裕貴が小さな声で「もっとも、わたしの場合は保護者からの猛烈な抗議で致し方なく、だがな」と不満げに声を上げるのを聞いて、思わず噴き出すところだった。
続いて、琉歌も独り言のように「はいはい、どうせわたしは西倫女子高等学校のお嬢様……元の学校から合宿には参加するなと脅されるなんてさ、あんまりだよ」とぼやくのを聞いて、思わず泣き出すところだった。
そんな凪の様子でも見ていたのか、桜が「タコっち、大丈夫ですか……?」と若干引いたように凪を心配した。
凪は無言でうなずく。
美麗はそんな凪たちを一瞥すると、話を進めた。
「……さて、不参加のメンバーもおしゃべりせずに聞いてほしいところだが、我々六人の合宿先は『粋絆高原』にある所有者不明の謎のペンションだ」
「んん? 所有者不明で、かつ謎のペンションですか……?」
思わず凪は声を上げてしまった。
美麗は重々しくうなずいた。
「ああ。なんでも、日本政府よりも上位の組織の所有ペンションだそうだ」
「……そんなところに、ぼくらは合宿しに行くんですか? そこで大丈夫なんです?」
「分からん。そんなわけだから、遺書だけは書いておくように」
「えぇ……?」
凪が困惑していると、奏が律儀に手を上げた。
「未婚教諭、ちょっといいかな」
「……相変わらず、貴様は憎まれ口を叩くものだな。いっそのこと、ガムテープで口を封じてやろうか?」
「そんなことをしたら、あなたは体罰を理由に解雇されてしまう。やめておいたほうがいいのだよ」
「安心しろ、北埜。あたしはな、とうに貴様と刺違える覚悟はできている。あとはタイミングだ」
「ふふん……おっかないったらありゃしない、とはまさにこのことだね」
と、そのとき、奏と美麗の会話に彰人が不自然に混ざった。
「喧嘩するほど仲がいいとは、よく言ったものだ」
不穏な気配、ただならぬ殺気。
奏と美麗、彼女たちは同時に振り向く。
「誰が……仲がいいって?」
「どいつが……そんなことを言った?」
身の危険を感じたのか、彰人はしらばっくれた。
「はて、なんのことやら」
「とぼけるのは貴様の得意分野か?」
「黒原くん、きみはカレーの恐怖を知りたくないかな?」
彰人を口々に責める、美麗と奏。
往生際が悪い彰人は、なおもしらを切った。
「うーむ、身に覚えがないのだが……とりあえず、カレーを作るのは得意だが?」
「黒原?」
「黒原くぅん?」
「……悪寒がするな。今日はひとまず家に帰るとするか」
そう言って、彰人はスクールバッグを肩に提げ、教室から出ようとする。
それを防ぐのは、やはり奏と美麗。
「ほらっ」
「よっと」
それは鮮やかな連携プレーだった。
美麗は彰人からスクールバッグをひったくると、それを奏にパス。
彼のスクールバッグ、それを奏は教室内のゴミ箱にシュート。
かくして、彰人のスクールバッグは、燃えるゴミのダストボックスにゴールすることとなった。
「ゴール!」
「ナイスだ、北埜」
ゴールを決めた奏に、賞賛の言葉を送る美麗。
それを見て、彰人は一言。
「さて、教育委員会の出番のようだな」
それを聞いて、凪は一言。
「まずはぼくという親友を頼ってほしいところ」
彰人は凪のほうをハタと振り返ると、「タコ助!」と誰が聞いても首をかしげる言葉を叫んだ。
当然、凪は首をかしげた。
「タコ助……? 一体、誰のことだろう」
「お前だ。お前のことだ、タコ助」
「だから誰のこと」
「凪助」
「うん、惜しいね」
「助平」
「そんなことはいいから、とっととスクールバッグを取りに行っておいで」
「うむ……!」
彰人は涙交じりに返事すると、フラフラとゴミ箱に捨てられたスクールバッグを取りに行った。
そんな中、ようやく奏と美麗のまともな会話が始まった。
「竹原教諭はペンションを怪しんでいるようだけどね、知ってのとおり、あれは実質“わたしたち”が所有するペンションだ。何も怪しむことはないのだけれど」
「ふん、どうだろうな。貴様の“正体”について知る学校側でも、さすがにホワイトとは言い切れんが」
「ホワイトもブラックも、わたしたちには関係ないのだよ。なぜなら……いや、それ以上は言うのをやめておくけどね、ともかくあのペンションは何も怪しくないのさ。
遺書なんてものは書かなくていい。というか、書かないでもらえるだろうか」
「おっと、癇に障ったか? それはすまないな」
「それに謝らないでもらえるかな……?」
「すまない。普段、貴様に厳しくしているぶん、謝らなければいけない気がしてな。すまないな、北埜」
「ふっ、分かればいいのさ、分かれば」
不穏な空気が漂う中、そのとき桜が「質問です!」と元気よく声を上げた。
美麗は深呼吸をしてから、「なんだ、島崎。お手洗いなら、さっさと行け」と興味なさそうに言い、質問があると言った桜の言葉を見事にスルー。
桜は特段嫌な顔をせず、どころか上機嫌にニコニコと笑っていた。
「いえ、お手洗いじゃなくてですね~」
「なんだ、島崎。いやに元気だな……さすがのあたしでも、今のお前は気色悪いぞ」
「えへへ、照れますって」
美麗の頬がひくつく。
「……褒めてないが?」
「あっ、そうですか? そんなことよりも……質問です! わたし専用のお土産は買ってくれますかっ?」
「買う予定はない」
「うぅ……なんて最悪な同好会、わたしは悲しいです」
「あたしは嘆かわしいぞ、島崎」
「竹原っち……!」
泣き出す桜、ため息をつく美麗。
何はともあれ、こうして本日の「東城交流の会」は終わった。




