ゲシュタルト崩壊
昼休み。
凪たち二年一組の教室に桜がやってきた。
彼女は例のごとく凪の席まで来ると、凪に絡んだ。
「タコ野郎、こんにちは~。調子はいかがですか?」
「ぼくはタコ野郎じゃないけど、調子はいいよ。っと、島崎さんのほうは調子どう?」
「わたしですか~? ……同好会の合宿、両親の都合で行けなくなってですね、そりゃあもう気分最悪ですよ」
「あちゃー」
凪は両手を合わせ、合掌。
ここぞとばかり、彰人はスマートフォンを使って、お経を流し始めた。
「……黒原さん、あなたには人の心がないんですか。お経を流すの、やめてください」
「何を言うかと思えば……このおれのジョークを理解できないとは、なんとも情けない」
「そんな低レベルなジョーク、いっそのこと黒原さんごと東京湾に沈めちゃいましょう」
なんておっかない、と凪は桜の言動にギョッとした。
彰人はブルッと身体を震わせた。
「脅しには屈せぬ!」
「やだな、言ったじゃないですか、黒原っち~。……ガチめで復讐するって、言ったじゃないですか」
「ブクブク……」
「そのブクブクって……まさか東京湾に沈められた際のブクブクですか?」
「…………」
「あっ、ついに亡くなった系ですか?」
「ジョークも程々にね、島崎さん……?」
凪は桜の頭にチョップし、彼女を叱った。
桜はヘラヘラと笑い、「分かってますよ~」と一組の教室から立ち去った。
凪はため息をついたあと、ブスッとした様子の彰人を見ながら苦笑した。
「まったく、荒らすだけ荒らしてくれたね、あの愉快な後輩は」
「おのれ、島崎氏め……今度、目に物見せてくれよう」
怒りに打ち震える彰人を見て、凪の表情が固まる。
「頼むから、事件だけは起こさないでね……?」
「承知した。事件にはならないよう、加減して仕返しをするとしよう」
それはいかん、と凪は彰人を思わず二度見した。
「前言撤回! ……お願いだから、かわいい後輩に仕返しはしないでよ」
「むっ……? 今のはジョークだが」
凪は天を仰いだ。
「きみのジョークほど、怖いものはないね」
「いいや、遠山氏……東京湾に沈められるジョークのほうがよっぽど怖いぞ」
本気で怖がる彰人を見て、心底あきれる凪。
「でもそれジョークだから、ぶっちゃけ怖くないよね」
「……ジョークとは、一体なんなのか」
「まさにゲシュタルト崩壊だね」
凪はカラカラと笑った。
彰人は「ゲシュタルト……」とつぶやくと、不意に手を打った。
「ゲシュなどというものはどうだっていい。そんなことよりも、おれはタルトが食いたい」
「ゲシュ……タルト?」
「ゲシュタルト崩壊とは、まさにこのこと」
「そうかもしれない」
そう会話してから、凪と彰人は二人して仲良く笑った。




