大成功の歓迎会
鍋で野菜を炒める凪を見て、彰人はドヤ顔で一言。
「おれの出番、か」
「うん、分かった。炒めたいのなら、どうぞどうぞ」
「任せろ。……確か、玉ねぎがキツネ色になるまで“焦がす”のだったな?」
「惜しい。とまあ、玉ねぎがキツネ色になるまで“炒めて”ね」
「ふん。すべては炒めようとするおれの勝手だ。どうか好きにさせてくれ、遠山氏」
「頼むから、わざと焦がすのはやめてね……?」
不安を抱きながらも、凪はフライ返しを彰人に渡した。
彰人は舌なめずりをし、「なんだろうな、右手がうずくぞ」と言って、鮮やかに野菜を炒め始めた。
これなら大丈夫そうだ、と凪はひとまず安心した。
彰人の料理姿を見ていた桜は「お~、案外上手いじゃないですか、黒原さん」と意外そうに目を丸くした。
叶夢も「おお、人は見かけによらないものっスね」と彰人が野菜を炒める姿を見て、感嘆の声を上げた。
そのとき、審査員席のほうからどよめきの声が聞こえた。
何事かと凪は審査員席を見てみると、そこには三人の審査員に交じり、カレールウのパッケージを持った奏がいた。
凪は審査員席のほうに近づくと、パッケージを見せびらかしている奏に声をかけた。
「やあ、北埜さん」
「やあ、遠山くん」
「なんだろう、どうかしたの?」
「どうかしたから、こうなっているのだよ」
「言われてみれば、確かにそのとおりだ」
「では訊くが、きみの目にはこれがどう映る?」
「……審査員の三人がカレールウのパッケージに目を奪われているように見えるかな」
「ピンポンピンポン! ……正解だよ、遠山くん。
さあさあ、正解を当てたきみにも見せてあげよう、このカレールウの“賞味期限”を!」
「賞味期限……どれどれ」
賞味期限、一九九九年八月――。
「……一体誰だ。こんな食中毒確定カレールウを持ってきた、新時代の大バカ者は」
そのとき、颯爽と裕貴が現れた。
「わたしだが? カレー小僧め、このわたしに何か文句があるのかね」
「二人とも~、もしかしてさ……サボッテルウ?」
かと思えば、殺気立った琉歌が奏と裕貴を調理実習台に連れ戻し、二人にカレールウを買いに行くよう、半ば脅すように命令した。
「……そんでもって、二人は竹原先生にどやされると」
「俗に言う、お約束といったところか」
「あっ、彰人くん」
「まさかとは思うが、遠山氏……さぼりか?」
「……きみの目にはどう映る?」
「さぼりだ、この愚か者めが」
凪は彰人から頭にゲンコツを食らい、そのまま自分たちの調理実習台に連れ戻される。
「まったく、さぼりとはいかんな」
「黒原さ~ん。次はわたし、何をすればいいですかね?」
「会長さん、指示をくださいっス」
「ああ、分かっているとも。しばし待て、お前たち」
「……あれ?」
そのときになって、凪は気づいた。
いつの間にか、凪に代わって彰人が料理の司令塔になっていることに。
「島崎氏は鍋にホールトマトをぶちこむがいい。その後、馬場氏がホールトマトを木べらでつぶしながら炒めるのだ。
して、ホールトマトをあらかたつぶし終えたら、おれにバトンタッチを」
「はいっ」
「うっす!」
桜と叶夢は元気よく返事をする。
凪は小さな声で「……あのう、ぼくは?」と彰人の指示を求めた。
彰人は凪を一瞥。
彼は凪の顔も見ずに「お前は炊飯器のスイッチを入れるがいい。そのあとは皿洗いだ、遠山氏」と顎をしゃくった。
凪は彰人から顎をしゃくられたことで涙目になるが、今の司令塔は彼だということを思い出し、素直に「了解です」と一礼。
各々、自分の持ち場につく凪たち。
それから一時間半以上、時間が経過した。
ホストチームのスパイスチキンカレー、ゲストチームの変人カレイカレー……ともに出来上がった。
それぞれのカレーは審査員が審査することになっていたが、言葉にしなくとも、それは野暮だということに凪たち十人は気づいていた。
凪たちは二種類のカレーを食べながら話に花を咲かせ、ワイワイと盛り上がる。
それぞれが完食したあとは、ゲストチームを除く全員のサプライズによって、奏と琉歌と裕貴には歓迎のためのクラッカーが鳴らされた。
驚きは喜びに。
喜びは楽しさに。
楽しさは笑いに。
笑いは幸せに。
「東城交流の会」会長主催の歓迎会――「おもてなしカレー対決」は、こうして幕を閉じた。




