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没入 2

 次の日。俺は不快なアラームと同時に目を覚まし、起き上がるなり施設内の慌ただしい雰囲気に気が付いた。

 廊下をバタバタと走りまわる音。職員たちが奏でるちょっとした喧騒のようなもの。

 何事かと気になって廊下に出れば、腕を組んだ、東南アジア系の武装警備員が出迎えた。 


「何があった?」


 聞いてみたが、肩をすくめられた。

 怪訝な顔を浮かべていると、廊下の先から、息を切らしたサイモンがバタバタと走り寄ってきた。


「ちょっと、トラブルが発生していまして」

「トラブルだと?」


 聞くと、サイモンは言いにくそうに口よどみながら。


「深夜、ミヤビが施設から出ていこうとしたんです」


 それを聞いて、俺は神妙な面持ちを浮かべていた。

 ミヤビ、彼女とは昨日のエイデンの一件以来、出会ってはいない。

 一体彼女に何が起こったのだろうか?


「それで、出ていったのか?」

「いえ、現在は施設の倉庫内に立てこもっています」

「……俺が行ったほうがいいか?」


 一応聞いてみると、サイモンは首を振った。


「いえ。現在彼女には、別の職員が対応しています」


 リリリリッ――

 不意に、部屋に備え付けられていた電話機が鳴った。初めてのことだったので、それに意識をとられた。


「電話だ」

「出なくて大丈夫です」

「どうして?」

「ミヤビがいなくなったので、部屋にいるかの確認です。私が確認したので、問題はありません」


 そうか。それなら出なくとも――

 その時、俺の脳裏に。不意にカナコの顔が浮かんでいた。時刻は八時。もうすぐ彼女が食事に呼びにくる時間だ。


「カナコを見なかったか?」


 サイモンにそう聞いてみると、彼はあからさまに表情をしかめていた。


「カナコ? ……誰ですか、それは?」


 俺は頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えていた。

 そんな筈はない、と。必死に自身を落ち着かせていた。


「俺をここまで連れてきた……東アジア系の女性だ。知らないとは言わせないぞ」

「シェーンさん。落ち着いて聞いてください」


 サイモンは俺の肩を力強く掴んで、


「カナコなんて人物はいません」


 そう言い切る口調で口にした。

 途端に耳鳴り、平衡感覚を失ったような感覚で、その場から崩れ落ちそうになる。サイモンに慌てて体を支えられた。


「今、アナタは混乱しています。慣れない環境で疲れているんでしょう」

「嘘だろ? ……本当にカナコはいないのか?」


 否定して欲しかった。だが、サイモンは力強い視線を浮かべたまま。


「いません。アナタをここに連れてきたのは、私ですから」


 再び衝撃。最早、自分の保持する記憶を何も信用できなくなりそうだった。


「着いてきてください。緊急ですが、VRセラピーを実施します」 

「セラピー?」


 何故こんなタイミングで? そんな疑問が沸いたが。


「他の子どもたちもリーダーのミヤビがいなくなって、動揺しています。アナタが行けば、彼らも平常心を取り戻すかもしれない」

「……俺である必要があるのか?」

「シェーンさん、アナタは現に彼らを落ち着かせたではないですか」


 サイモンは懇願するように俺の肩を掴んでいた。


「危機的状況です。協力してください」


 危機的状況。その時、俺の脳裏に浮かんだのは、


『だからお前は、ここでもう一度兵士となって――この国にいる皆を救え』 


 あの黒人武装警備員、デスの言葉だった。もしかしたら彼も、俺の幻想の一部なのかもしれない。

 そのことを考えると、思わず咳き込んでいた。

 その時の俺は、そんな状態のまま、サイモンに引っ張られ、ふらふらと歩みを進めるしかなかった。






 それから俺は、サイモンと東南アジア系の武装警備員とともにエレベーターに乗って、地下の研究所へ。SFチックな外観の廊下を歩き、VRを体感するカプセルルームまでたどり着いていた。

 それまで、普段は大勢いるはずの研究員と一人もすれ違うことは無かった。


「……他の研究員は?」


 聞くと、サイモンは歩きながらチラリと視線を寄越してきた。


「ミヤビの件で対応しています」

「……そうか」

「ええ、急ぎましょう」   


 VRルームに入ると、既に他の六人の被験者たちは揃っていた。

 エイデンを先頭に、マルコム、クロエ、イライジャ、ノア。

 皆不安そうな表情で、部屋に入ってきた俺たちを視界に入れていた。


「揃いましたね」


 サイモンが言うと、エイデンが反応を示した。


「ミヤビは?」

「もうすぐ説得が終わり、出てくるでしょう。先にカプセルに入って、VRルームで待機していてください」


 思わずサイモンを見た。俺が聞いていたのはミヤビが立てこもっているということだけだ。説得が済みそうなんて話は聞かなかった。 


「本当?」


 訝し気なクロエに聞かれ、俺が口を開こうとすると。

 リリリリッ――

 カプセルルームの固定電話が鳴った。サイモンの直ぐ背後にある固定電話だ。

 しかし、サイモンは気にする様子もなく、俺たちを見据えたまま、VRカプセルへと促すように手を差し出してきた。


「さあ、早く。治療を行って、みんなで良くなりましょう」


 脳裏に浮かんだのは、ミヤビの寄越したメモだ。

〝サイモンを信用するな〟

 リリリリッ――


「出なくて良いのか?」


 リリリリッ――


「大丈夫です。定期連絡でしょうから」


 リリリリッ――


「なら、出ないとまずくないか?」  


 リリリリッ――


「それもそうですね」


 リリリリッ――ガチャンッ。

 サイモンが受話器をとった。二言三言かわして、直ぐに電話を切る。


「ただの定期連絡でし――」 


 リリリリッ――再び、電話が鳴った。

 何かがおかしい。そこで、混乱していた脳内がようやく再稼働を始めていた。

 俺の脳内に存在する、壊れかけの危機感地センサーが反応を示したのだ。

 東南アジア系の武装警備員を見る。彼は、俺たちが逃げるのを防ぐように、ドアの前に立っていた。

 リリリリッ――

 武装警備員は、額から汗を流しながら俺のみを視界にとらえていた。まるで、他の人間は眼中にないと言いたげに。


「ライフルに――」


 俺が呟くと、武装警備員は顔をしかめた。


「なんだって?」

「安全装置がかかっていないぞ」


 俺がそう口にしたが、武装警備員は返事もせず、微動だにしなかった。


「いいから今すぐにVRカプセルに入れ! いつまで待たせるんだ!」


 今度は、サイモンが強い口調で言った。被験者の子どもたちは、彼の突然の強い剣幕にビクリとする。

 リリリリッ――

 次のコール音が鳴り響いた、その瞬間。  


 俺は靴を脱いで、それを片手に持ち、走り始めていた。

 武装警備員は慌てて下げていた銃をこちらに向けてくる。

 俺は片手に持っていた靴を思い切り武装警備員に向け、放り投げた。 

 靴は回転しながら武装警備員の顔面にヒット。しかし、直ぐに態勢を立て直してライフルの引き金を絞ろうとしてくる。

 武装警備員は焦ったのか、先ほどの俺の発言。『安全装置がかかっていないぞ』を真に受けたのだろう。

 安全装置の影響で引き金を引けず、慌てて安全装置を外していた。


 だが、そのラグが命取りだ。俺はタックルを繰り出すフェイントをし、相手が重心を下げたのを見計らって、強烈な右フックを放った。

 しかし、相手もタフだった。ひるまず銃床を使って打撃を繰り出してくる。俺はそれを避けて、ベルトを掴み、足を引っかけて転ばせた。 

 その時だった。背後で銃声が鳴って、悲鳴が聞こえた。


「シェーン、いいかげんにしろ!」


 武装警備員のライフルの銃身を掴みながら振り返ると、サイモンがあろうことか拳銃を取り出し、真っ青なクロエの額にそれを突きつけていた。


「ソイツを離せ!」


 俺は迷ったが、言われた通り武装警備員から離れる。

 すると、起き上がった武装警備員からいきなり強烈な蹴りが飛んできて、俺は地面に転がった。

 その間にも、容赦ない追撃が飛んできて、俺は必死にガードの姿勢をとる。


「ケビン! 余計なことをするな!」


 サイモンに嗜められ、武装警備員はやっと俺から離れた。視線を向けると、


「次、余計なことをしたら殺すからな」


 荒い息のまま、そんなことを言われた。経験上、脅しではなさそうだった。


「さあ、早くカプセルに行け!」


 サイモンは呆然とその顛末を眺めていた被験者たちを、カプセルに押し込んでいっていた。


「次はお前だ」


 武装警備員が銃を振って、立つように促してきた。距離も絶妙で、対処は難しいだろう。下手なことをしたら撃ち殺されそうだ。

 俺は大人しく指示に従って、そのままカプセル内に寝そべった。

 サイモンに電極のようなシールを張られ、最悪な気分のまま、ひんやりとしたカプセル内で天井を見つめていた。


「全部はウソじゃない」


 サイモンのそんな言葉に、俺は反応していた。


「は?」

「あの時、君に言った言葉は全てが嘘じゃない。私は本当に苦しむ軍人たちを救いたいんだ」

「本当か?」


 思わず聞き返すと、サイモンは頷いていた。


「だが、救われるのは君じゃない」


 カプセルが閉じられる。サイモンは俺を見つめたまま、機器のスイッチを入れていた。


『ダウンロードされたアプリによる、例外的なダイブシーケンスを実行します。没入まで、5、4、3、2、1――』





 

 チチチッ――と。聞き覚えのある鳥の鳴く声。

 煌々と照り付ける陽光に、薄黄緑色の小鳥がパタパタと眼前を飛び立っていく。

 庭園のような場所だ。ということは、ここは仮想現実における待機ルームというヤツだろう。


「……サイモン。何を考えている」


 当然の疑問が、口から零れ落ちた。起き上がって伸びをしてみると、腹部に痛みが広がった。

 腹を抑え、その場にうずくまる。シャツをめくって確認したが、痣も無い。

 当然か。ここは仮想現実。だが、この世界では現実の痛みまで反映されるらしい。

 この尋常じゃない痛み。もしかしたら肋骨が何本かいかれている可能性すらあるな。

 そんなことを思いながら、暫く腹をさすっていると。


『被験者の身体的ダメージを検知。例外的なアプリケーションへの移行は危険と判断されました』


 AIのそんな音声が響いてきた。俺が顔をしかめていると、唐突に終了を告げるアナウンスが鳴った。


『ダイブシーケンスを終了します。お疲れさまでした』






 重しのかかったような瞼を無理やりこじ開ける。

 カプセル内だった。腹部に走る激痛に顔をしかめながらゆっくりと起き上がると――

 そこには衝撃の光景が広がっていた。周囲を漂うのは微かな硝煙の香りと、


「大人しくしろ!」


 どこの所属だろうか? 多数の特殊部隊員と思しき禍々しいほどの重装備を身に着けた隊員に頭を床に押し付けられ、取り押さえられるサイモンと、東南アジア系の武装警備員の姿があった。


「クソ! 大事な機器のある部屋に手榴弾を投げやがって!」


 サイモンが取り押さられながら、顔を真っ赤にして特殊部隊員に向かってそう怒鳴りつけていた。

 部屋の中央辺りには使用済みの音響グレネードが転がっている。恐らく、カプセルルームに閉じこもっていたサイモンと武装警備員を取り押さえるために使用したのだろう。


「シェーン」


 わらわらと突入してきた特殊部隊員の合間を縫って、黒人武装警備員のデスがひょこっと場違いなように姿を現した。彼はライフルをローレディの態勢で構えたまま俺に近づいてくる。

 俺はそれを見て安堵していた。彼は俺が存在を疑っていた人物の一人だったからだ。


「……何があったんだ?」


 聞くと、デスは軽く肩をすくめた。


「知らん。よくわからん内に施設に警察が入ってきて、『案内しろ』と言われたからここまで案内してきた。すると、サイモンと話したことも無い同僚が取り押さえられた」


 デスの説明を聞きながら、俺は必死に周囲を窺っていた。サイモンにもたらされた疑念を解消するために、一人の女性の姿を求めていたのだ。


「……カナコを知っているか?」


 それを聞いたデスは顔をしかめた。


「カナコ? あのお嬢ちゃんみたいな女か? 外で刑事っぽい奴らに向かって騒いでいたぞ」


 脱力するような感覚。俺はふーっと息を吐いて、一人で勝手に安心していた。

 やはりカナコはデス同様、実在する人物か。本当に良かった。

 そのままカプセルから降りようとして、ズキリッとした腹部の痛みに、こけそうになる。


「大丈夫か?」

「……悪いが手を貸してくれないか?」


 デスに肩を貸してもらい、俺はカプセルから降り立った。

 そうやって暫く歩いていると、出口付近で、恐る恐る部屋に入ってきたカナコと目が合った。


「シェーンさん! ……大丈夫ですか?」 

「……カナコ、何があった?」

「それが――ああ、話は手当をしながら行います。担架を手配しましょう」

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