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没入 1

 それから一週間。それまでの間に、俺は少年少女たちの子供部屋のような場所に、計八回は訪れていた。

 食事を共にしたり、ゲームをしたり、彼らと様々な交流を図ってみて、分かったことがある。

 それは、彼らが確かに俺と同様、PTSDの本当の苦しみを背負っているということだった。


 トランプゲームをしている最中、〝何か〟がトリガーとなり、クロエという白人少女の動悸が止まらなくなったことがあった。そうすると伝染したように、少年少女たちがパニックに陥ったのだ。

 ミヤビが必死になだめようとしたが、それは収まらなかった。エイデンですら呼吸を荒くし、物に八つ当たりを始めた。


「落ち着け! 全員、近場のモノに掴まれ!」


 俺が新兵訓練場の教官のような大きな声でそう発すると、彼らは戸惑いつつも周辺の物に捕まった。


「大きく深呼吸をしろ! 床は揺れているか?」


 俺の脳内でどんな弾みか、咄嗟に出た対処方だった。

 パニックに陥った者に対し、とにかく大きな声で、疑問を投げかける。

 地面は揺れているか?

 自分は何に捕まっているか?

 視界は良好か?

 良好ならば、周囲には何が見えるか?


 とにかく、一つ一つを確認していく。そうすれば、いずれ気が付くのだ。自分は現在、安全地帯にいるのだと。

 やがて彼らが落ち着いたころ。遅れて駆けつけたサイモンに事情を説明すると。


「グラウンディング技法……現実世界に意識を集中させ、五感を通してパニックを抑制する、心理学的にも有効な手法です。良く知っていましたね」


 と、資格を持ったお医者様からのお墨付きをもらった。


「偶然口から出ただけだ。上手くいって良かった」


 俺がそう口にすると、サイモンは俺の顔をジッと見つめていた。


「……なんだ?」

「これをやる場合、信頼関係も重要になります」

「そうなのか?」

「ええ。私のような細身の男がこれをやっても、効果が薄い場合があるんです。彼ら、彼女らは仮想現実とはいえ、とても過酷な世界で傷を負いました。私のような頼りない存在が号令をかけても、心から安心はできないのでしょう。つまりは、現在彼らは、心からあなたを信頼しつつあるということです」


 それを聞いて、何だか複雑な気持ちになってしまった。それと同時に気恥ずかしさも覚えていた。

 彼らと同様、パニックに陥る可能性のある人間だ。彼らに信頼されている。その証明を実地でされたような気がしたのだ。


「シェーン、ありがとう」


 ミヤビが近寄ってきて、手を握ってくる。握られた掌に異物感がして、俺はそれを握りしめた。

 どうせまた陰謀論めいたメモだろう。正直この類は扱いに困るところではあるが……俺は学校のクラスに一人はいるチクリ魔ではない。

 サイモンや武装警備員にはバレないように、そっとポケットに入れた。

 休憩時間。俺はラックにあった適当な雑誌(キャンプ用品の書かれた)を手に取り、それをダイニングに広げた。

 その際、ポケットのメモも自然な流れで活字上に展開する。メモには〝サイモンを信じるな〟と、書かれていた。 


「何を読んでいるの?」


 そのタイミングを狙ってか、ミヤビが隣に座って来る。内緒話をするためか、距離はかなり近めだった。


「キャンプ用品の雑誌だ」

「キャンプ? 好きなの?」

「まあ、それなりだ。どっちかと言うと、ギアの方が興味がある」


 そんな当たり障りの無い会話をしていた時だった。

 ミヤビは俺の耳に口を寄せ、囁き声で。


「職員には、告げ口をしていないようね」


 そんな言葉を漏らしていた。俺もなし崩し的に、囁き声になる。


「まあな」

「この研究所は怪しい。そう思わない?」


 確かに、施設の説明で出口に関する記述が少なかったり、そういった類のことは当初疑念を持ったが――


「今では信用しつつある」


 俺が言うと、あからさまにミヤビは顔をしかめた。


「どういうこと?」

「サイモンは俺たちみたいな存在を救いたいと、涙を流していた。俺は奴を信用しようと思う」


 暫く言葉を失ったように、静まりかえるミヤビ。俺が続きを話そうと口を開くと、


「サイモンが一番信用できないわ。アイツに関するヤバい情報があるのよ」


 先にミヤビがそう発した。俺は彼女のその言葉に、眉を潜めていた。


「どういう――」

「おいおい、お熱いねお二人さん。秘密の相談かい?」


 割り込むようにエイデンが会話に入ってきた。

 ミヤビは秘密の相談を邪魔されたのに腹が立ったのか、


「ちょっと、邪魔しないでよ!」


 立ち上がってエイデンを睨みつける。エイデンは変わらずおどけたように続けた。


「ああ、お邪魔だろうな。まだ出会って一週間くらいなのに、お盛んなこった」

「ふざけないで。何が気に食わないのよ!」


 その言葉に、エイデンは苛立ちを隠せないように髪を掻いた。


「お前、最近おかしいよ。何か隠しているんじゃないのか?」


 図星だったからか、ミヤビは若干動揺していた。


「はあ、何が?」

「なんだ、そんなに俺たちが信用できないのか? 出会って間もないシェーンの方が信用できるってのか?」


 ミヤビが目を見開いた。エイデンはかまわず続ける。


「ああ、そりゃそうさ。あの世界じゃ俺は役立たずだった。お前は勇敢で、俺はそれに引っ付いていただけさ。だから勇敢で、腕っぷしの強いシェーンの方が信用できるんだろう」


 ミヤビは呆然としたようにその言葉を受け止めていた。


「だからお前は、俺のことなんか眼中にないんだ!」


 エイデンが叫ぶように言った。周囲に、波打つような静寂が立ち込める。

 腕を組んで壁際で見守っていた黒人の武装警備員、俺と一週間前に敬礼を交わし、兄弟と呼び合う仲のデスだ。

 デスは、エイデンの暴走を恐れてかゆっくりと彼に歩み寄ろうとしていた。俺が『任せてくれ』と視線を送ると、彼は立ち止まってうなずき、再び壁際に戻って腕を組んでいた。


「エイデン」


 俺が名を呼ぶと、彼は視線を寄越した。その目は若干うるんでいた。


「俺は仲間を一人、見捨てたことがある」


 言うと、彼は目を見開いた。これは、俺が彼らに初めて話す、一番のトラウマのシーンだった。


「そいつはポケットの写真をとってくれと言っていた。多分、家族の写真だろう」


 思い起こすのは、両目から血を流す兵士の姿だ。彼は何かを求めるように、上空に手を伸ばしていた。


「俺はそんなこともしてやれなかった。俺は……お前の思うように、勇敢じゃない」


 そう締めると、エイデンは俯いた。彼の瞳から数滴、雫が床に零れ落ちる。

 カラフルなパズルのようなマットに、それは吸収された。


「エイデン……」


 ミヤビが心配するように呟いた。周囲も心配そうに彼を見つめていた。

 居た堪れなくなったのか、エイデンは目元を拭うと。


「頭を冷やしてくる」


 そう口にして、その場を去っていった。

 ミヤビは困ったように俺へと視線を向けてきた。


「行ってやれ」


 ミヤビは彼を追って、部屋を去っていく。デスはコトの顛末を無線で報告していた。


「シェーン」


 ジェイデンという、訛りのある東南アジア系の少年が話しかけてきた。

 俺は隣の席を指す。すると、彼は即座にそこに腰掛けた。


「多分、ていうか。エイデンはミヤビのことが好きなんだよ」

「だろうな」


 同意すると、ジェイデンは頷いていた。


「ミヤビは僕たちのリーダーだった。彼女がいなかったら、僕らの病状は余計ひどくなっていたと思う」

「そうか」


 ジェイデンは緊張した瞳に、探るような視線を浮かべながら、


「だから、教えてくれないかな?」

「何を?」

「ミヤビは最近、明らかに君を気にかけていた。何か相談事を持ちかけられたりしてないかい?」


 周囲を見渡せば、少年少女たちは軒並み、探るような瞳で俺を見ていた。


「過去のことについて聞かれていた」

「過去?」

「ああ。俺の過去だ。俺はお前らとは違う経験をした」

「うん」

「だから、そのことを気にかけていたんだろう。俺はそう思う」


 俺がそう述べると、ジェイデンはふーっと息を吐いた。


「そうだったんだね」

「ああ」


 そこでジェイデンは、周囲を見渡し、ミヤビがいないことを確認するような仕草をして、


「いや、ミヤビは最近。ちょっとおかしくなっていたんだ」

「おかしく?」

「ああ。一度ぽろっと漏らしたんだけど、この研究所は怪しい、とかさ」

「ほう」

「だから、キミにも同じようなことを吹き込んでないか、気になってさ。本気にしたら困るからさ」


 なるほど、そういうことか。どうやら彼らは、研究所を疑うミヤビを疑っていたんだろう。


「俺はそんな類の話はミヤビから聞いていない」


 尚もしらばっくれると、ジェイデンは頷いた。


「だろうね。嘘をついているとは思えない」


 それを聞いて、思わず笑みを浮かべそうになるのを堪えた。





 食堂に向かうと、入口でカナコが待っていた。

 少女のような笑みで手を振ってくるので、思わず父親のような気分で振り返す。  


「お腹減りましたね」

「ああ」

「お腹が背中とくっつきそうです」

「なんだそれ?」


 そんな会話をしながら、食堂に入る。鼻腔に立ち込めるのは、悪魔的なまでの食事の匂いだった。


「今晩は、私にとって二度目の最高のディナーですよ。シェーンにとっては一度目ですね」 


 カナコの言葉を聞いて、看板に書かれたメニューを確認すれば、思わずため息が漏れそうになった。


「ステーキとロブスターか。この研究所はどこにそんな金があるんだ?」


 軍での不吉の象徴とされる、二大メニューだった。カナコはハハッと笑いながら、


「得するんだから、良いじゃないですか」


 ――違いない。俺はカナコと並んで、柔らかそうなステーキとロブスター、サラダに旨そうなパンを受け取り、テーブルへと向かう。


「今日は大変でしたね」


 席につくなり、カナコはそんなことを口にした。どうやら何があったかは把握しているようだ。

 俺はステーキを切り分ける手を止め、彼女の顔を見つめる。


「アナタは秘密を守れる人みたいですね」


 彼女は少女のような顔で、更に続けた。どういう意図だろうか? 俺が言葉を失っていると。


「ミヤビからのアプローチは、私の差し金です」


 カナコはそんな、衝撃的なフレーズを発した。

 ――いや、まだ彼女のブラフかもしれない。俺はカナコの瞳を見据えながら、


「だというなら」

「いうなら?」

「証拠を見せろ」


 俺がそう告げると、カナコは得意げに口を開いた。


「最初に渡されたメモは〝更生機関を信用するな〟二枚目は〝サイモンを信じるな〟ですよね」


 俺は無言でステーキを咀嚼していた。その二枚のメモは監視カメラに補足されないよう、読んだあとに直ぐにトイレに流してある。

 内容を把握されているとしたら、それはミヤビの失態だ。


「なんでそんなことをした?」


 カナコに聞くと、彼女は表情の読み取れない瞳を浮かべていた。


「私はこのプログラムに違和感を持っているからです」


 簡潔で、それでいて不安をあおるような回答だった。


「この研究所が何か企んでいるのか?」

「いえ、この研究所自体はクリーンです。怪しいとするなら、サイモンですかね」


 ステーキ二口目。したたる赤い血を感じているのに、味が分からなかった。つまりは動揺しているということだ。 


「それを俺に話してどうするつもりだ?」

「アナタはこの施設において、イレギュラーの存在です」

「つまり?」

「少年少女たちとは明らかに種類の違う患者です。そんなアナタを推薦したのは誰でもない、サイモン。何か企んでいるといっても過言ではありません」

「……根拠として薄くないか? 違うデータが欲しかっただけかもしれない」


 俺がそう口にすると、カナコは一拍おいて。

 更に衝撃的な真実を突きつけてきた。


「サイモンはこの研究所で唯一、コールド・ヘイズの制作に携わっていたんです」 


 暫く呆然としていると、カナコはそこでようやく自分のステーキに口をつけていた。


「どういうことだ? それで俺にどうしろと?」

「サイモンは最近、かなり浮足立っています。近々、彼が何かしらのアクションをとるかもしれません」

「だから、俺にそれをどうしろっていうんだ?」

「警戒しておいてください。私たちも裏で真相究明に勤しんでいます」


 私たち、ね。


「お前は何者だ?」


 そう問うと、カナコはロブスターを掴んでいた。


「政府の機関……とだけ、口にしておきます。もちろん、私はアナタと、子どもたちの味方でもあります」


 政府の機関、か。改めて聞かされると、大仰な言葉だ。


「信じていいのか?」


 彼女に抱きしめられたことを思い出しながら、そんなことを口にしていた。

 カナコはロブスターの背を開きながら、


「後悔しないのならば」

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