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治療プログラム 3

 気づけば、ここに来てから早一週間が過ぎ去っていた。

 俺が暴走したVRセラピーの一件以来、研究所の連中からは常に警戒され、投薬の量を増やそうという話もあったようだが。


 サイモンの働きかけもあり、何とか自然療法で落ち着いている。

 カナコとは、食堂の一件以来口もきいていなかったが。俺が取り乱したとき、彼女が落ち着かせてくれてから直ぐに和解に至った。

 今では必ず食事を共にするし、何より彼女のことを信頼しつつあった。


「ミヤビを筆頭にした少年少女たちですが、アレ以来、若干取り乱していたようですが。順調に精神を安定しつつあるようです。元々、タフな子たちですので」


 カナコは食事中、機嫌良さそうに子どもたちについて説明をする。

 どうやら少なからず交流があるらしい。俺と会わないときは必ず向こうに顔を出すそうだ。


「彼らについて教えてくれないか?」


 どうせまたセラピーとやらで出会うことになる。知っていて損は無いだろう。そう思って聞いてみると、彼女は決まって嬉しそうな笑みを見せる。まるで俺の変化を祝福するように。


「ミヤビという少女、彼らのリーダーです。ゲームでもそれは同じだったみたいで――」


 自分のことのように嬉しそうに話す彼女。天真爛漫な少女のような女性だが、最近ではそれが少し魅力的に感じ始めている。

 彼女の横顔を肩肘つきながら眺め、そんな思考を巡らしていた。

 



「どうぞ」 


 サイモンに扉を引かれ、だだっ広い空間。機関の人間から〝プレイルーム〟と呼ばれる部屋へと訪れていた。

 そこは壁に絵本のようなタッチの優しい絵が描かれた、文字通り子ども部屋みたいな部屋だった。

 天井にくるくると回転する、ベビーメリーが設置されていそうな雰囲気だ。

 それを見ていると部屋のサイズも相まって、自分が子どもになったかのような印象を受けた。

 自分の幼少期、こんな上等な部屋で過ごした記憶なんかは一ミリも存在しないが。


「久しぶりね」


 笑みを浮かべるミヤビを筆頭に、出迎えた少年少女たち。

 この子供部屋のような場所は、俺と同じく被験者である彼らの交流場所だった。


「ようこそプレイルームへ。歓迎するわシェーン」


 ミヤビは落ち着いた様子だが、俺が入ってきた途端、少年少女たちは軒並み、緊張したような面持ちを浮かべていた。

 ただでさえ、聖域のようなこの場所に、汚らしい中年のオッサンが割り込んだのだから当然だろう。そう割り切りつつ、俺は視線を左右させた。


「エイデンはいるか?」


 生意気そうな背の高い、金髪少年が一歩歩み出てきた。


「この前は悪かった」


 握手をしようと右手を差し出すと、エイデンの裏拳が飛んできて俺の頬にヒットした。

 パンッ、と良い音が鳴り、周囲は驚いた表情を見せた。

 口内が切れ、鉄の味が舌先に滲んだ。

 やれやれ――

 俺はエイデンに対し変わらず手を差し出し、


「コレでおあいこだな」


 そう口にすると、エイデンは俺の手を引き寄せるように強く握った。


「――ああ」


 はあ、とため息を吐いたミヤビが、非難じみた視線をエイデンに向けた。何かを言いかけたが、俺はそれを手で制する。


「今日は、何をするんだ?」


 振り返ってサイモンに聞くと、彼は困ったように苦笑しながら答えた。


「アナタ方で決めてもらって構いません」

「と、言うと?」

「レクリエーションです。好きにしてください」

「だ、そうだ」


 俺がエイデンを見据えると、エイデンはミヤビに視線を送った。どうやらやんちゃボウズの彼だが、リーダーの意見には従うようだ。

 ミヤビはため息を吐きながら、俺へと一歩近寄ってきた。


「私たちは、お互いの理解があまりにも足りていないわ」

「そうだな」


 同意すると、彼女は笑みを浮かべながら頷いた。


「まずはコーヒーでも淹れて落ち着いてから……アナタについて教えて。こう見えて皆、アナタについて知りたがってる」


 周囲に視線を送ると、強がっているエイデン以外、目をそらされた。

 そうは見えないが――なんて、数日前の俺だったら即言っていたろうな。


「そのようだな」


 皮肉っぽくならないように意識してそう述べると、ミヤビはパンッと手を叩いて鳴らした。


「そうと決まれば皆、コーヒーの準備よ。お客様の分は私が作るわ」


 ミヤビの号令で、即座に少年少女たちはわらわらと動き出し、行動を開始した。

 何処に向かうのかと目で追っていると、彼らは壁際にあるキッチンのようなスぺースで会話しながらコーヒーを作っているようだった。

 直ぐにお湯を沸かすボコボコとした音が聞こえてくる。中々良い手際だ。


「ミヤビは非常に優れたリーダーです」


 振り返ると、そこには研究者然としたサイモンの顔があった。


「そのようだ。下手な軍より統率がとれている」


 冗談めかして言うと、サイモンは尚も苦笑した。


「アナタも安定してきて、安心しました。今日は一日、交流を深めてください」


 サイモンはそう口にするなり背を見せ、部屋を後にしていった。

 今現在、部屋にいる機関側の人間は壁際で突っ立っている元軍人の武装警備員、〝デス〟だけだ。

 デスは俺の視線に気づくと、〝後ろだ〟と、顎でジェスチャーを送ってきた。


「お客様、コーヒーが出来ましたわよ」


 おどけたようにミヤビが二つのコーヒーカップを手に取って、一つを差し出してくる。


「ありがとう」


 受け取りざま、彼女は俺の耳元に口を寄せ、


「手紙は読んだ?」


 そう囁いた。俺は思わず顔をしかめそうになった。

 例の〝更生機関を信用するな〟と書かれたメモの件だろう。


「まあな」


 当たり障りなくそう返答すると、


「良いタイミングで返事を聞くわ。連中に聞かれたらマズイから」


 ミヤビは俺の耳元から離れると、コーヒーを啜りながら中央に設置されたファンシーなデザインのダイニングテーブルへと向かって行った。 

 どうやらあれがコーヒーを飲みながら楽しくお喋りをする場所らしい。

 ため息を吐くのを堪えながら向かっていると――

 コーヒーを作りながら会話する子どもたちに交じって、俺を睨みつけるエイデンの姿が目についた。





「そこで俺は戦地での任務についていた。三回の派遣だった」


 テーブルにつくと、少年少女たちは黙って俺の話を聞いていた。

 話す議題は戦地派遣で行ったミッション、その他戦闘活動について。それらを端折って、馬鹿なりに分かりやすく説明したつもりだ。

 話している最中、おどおどしたやせっぽちの白人少年、ノアが徐に手をあげていた。


「その……戦場は、怖くなかった……んですか?」


 中には質問も飛び出してきたりした。俺は頬をポリポリと掻いて、


「戦場にいる間は怖くはない」

「逃げ出したりする人はいなかったの?」

「逃げ場所なんか無いしな。ボウゼンとする奴ならいたが、役に立たない奴はケツを蹴られて〝返品処置〟される」


 話し終えるまで、目を丸くして聞き入る少年少女たち。まるで八十歳の老人になって戦争講和を聞かせているような気分になった。

 その間にも脳裏にチラつくのは道路上に倒れた兵士の姿だ。フラッシュバックした記憶に気をとられ、会話をパタリと辞めて口を半開きで天井を見つめていた俺は、誤魔化すように会話を終了させた。


「まあ、俺の方はそんな感じだ」


 あまり締まりが良いとは言えないオチを話し終わり、周囲の反応を確認すると。

 ミヤビを筆頭に、彼らはなんとも言えない表情を浮かべていた。

 ……あまり壮烈な体験は話していないはずだが、子どもたちには少しショックだったのだろうか?

 暫く沈黙が支配し、俺は既に冷めてしまったコーヒーにようやっと口をつけた。


「キミらの……ゲームの話も聞きたい」


 カップを置いてそう告げると、少年少女達はきゅっと口元を結んだ。

 俺が訝し気な表情を浮かべていると。ダンッと大きな音が鳴った。


「ゲームだと……お前は知らないんだ!」


 音の主はエイデンだった。感情的に顔を真っ赤にした彼はその場で立ち上がっていた。


「あの背筋も凍るようなあの世界を――あの絶望を……お前は知らないからそんなことが言えるんだろう! 本当は馬鹿にしてるんだろう!」


 魂からの叫びに思えた。故に、グッときたものがあった。

 お前は知らない、分からない。それは俺がずっと世界に問いかけていたワードだ。


「ああ、知らない」


 正直にそう答えていた。周囲の少年少女たちが微妙そうな表情を浮かべる中、俺は目を瞑っていた。

 ――俺は、しょうもない人間だ。数日前までなら「甘えたガキども」なんて感想を漏らしていただろう。

 リアルな戦場でしのぎを削っていた俺が本物で、お前らは偽物。だが――

 彼らが、どれだけ傷ついて、どれほどの恐怖を味わったのか。

 それは俺には分からない。分かるはずがない。何故なら――俺の苦しみは、彼らにも分かるはずがないからだ。


「だから、教えてくれ。君らがどれだけ傷ついて、どれだけ大変だったかを」


 だけど、向き合うことならできる。それを嬉しくも思える。こう思えるようになったのは他でもない。周囲の助けがあったからだ。

 サイモン、カナコ、元退役兵士の武装警備員、デス。

 彼らは形は違えど、俺に本気で向き合ってくれた。


「どんな結果になるかは分からない。だけど――色々やってみて、損は無いと思うんだ」


 俺の言葉を受け、エイデンは髪をくしゃくしゃと掻いてから、乱暴に席についた。


「数日前と同じ人間だと思えない」


 その感想には、思わず笑みを浮かべていた。


「俺もだ」


 エイデンは暫く床を見つめていた。その間、誰も言葉を発さなかった。

 誰かの唾を飲み込む音。ため息のような、深呼吸のような音。ギッ、と椅子が鳴る音。


「俺たちが出会った時期はバラバラだった」


 エイデンが呟くように、まるで望郷を脳裏に浮かべるように、そう告げた。


「そうか」

「その世界で見たのは、絶望だった――」


 そこへ飛び込んだのは、自分自身の意思だった。エイデンは続く言葉で、確かにそう口にした。

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